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一章
172.レイモンド
しおりを挟む落ち着いた視線がこちらを一瞥し、伏せ目がちに落ち着く。
ミチルは目の前の光景に目を疑った。
目の前の男は股から裂けて、真っ二つになり、それぞれの塊がありえない動きを見せながら段々と人の形を作ってゆく。
見た目も服も、全く同じ男が2人できた。左側は灰1色、無造作に立ちすくんで目を閉じ、右側に立った方はさっきと変わらないレイモンドだ。
ものすごい勢いで後ずさったミチルは、そのままベットから落ちそうになる。
抱き寄せた男の腕を振り払って、柱へとしがみついた。
「あ、驚かせてしまいましたか?申し訳ありません」
すごく気持ち悪いものを見てしまった。
幻と思いたいが、確かに瓜二つの男が2人いる。
しかし灰色のレイモンドは人形みたいに動かない。そっちを監視していたら、「私の分体です」と、動いている方が言った。
「ぶん·····?」
「はい、基本は本体でお仕えいたしますが、お城が広いもので·····緊急の際には、分体のどこかに触れお呼びいただければ、私の意識が分体へ移るようになっております」
つまり、コレを部屋に置いておくつもりだろうか。
嫌だ、要らない。呼ぶこともないだろう。
激しく首を振るが、
「そのままでは冷えますので、まずは着替えをお手伝いさせていただけますか」
「!」
彼の申し出に、自分がシャツ一枚の姿であることを思い出す。
ズリ下がっていた肩口の襟を引き上げる。相手は返答待ちのようで、じっと待機したまま無言だ。
いつまで見ているんだ。
ミチルは慌ててベットによじのぼり、羽毛の中に潜り込んだ。
「ミチル様」
口を聞く気は無い。
息も押し殺し、断固拒絶の体制に入る。心臓は臆病に轟いていた。
しばらくして布の擦れる音が聞こえた。
「お着替えはクローゼットの前にかけておきます。ご用の際には、枕元のベルを鳴らし呼びたてください」
こちらの緊張と相対的に、柔らかい声が朗読する。
怒るどころか穏やかにも感じ取れるそれだ。
扉の開く音がして、ミチルは毛布の隙間からそっと顔を出した。
「私のことは」
驚いて、再び布団の中に頭を引っこめる。
「気軽にレイモンドとお呼びください」
彼は振り返らぬまま、失礼しますとだけ残し部屋を出ていった。
結局、等身大の分体はそのまま、鍵も再び閉められてしまった。
たった今使った鍵を、数十の鍵束の中へ交ぜる。
天界への客───否、新たな住人など、歴史上"彼女"以来だ。
それも、獣人ときた。
想像よりも幼く見えて、高い体温を持っている。
愛らしい見た目と裏腹に、柔手は、こちらを厳しく拒絶した。
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