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一章
159.逆風
しおりを挟む「·····ひっく·····ン·····ッ♡·····」
わかってもらえなくてグズる子供になった気分だ。
「ねえミチル·····」
目元を拭おうとした手を執られ、甲へ湿った口付けを与えられる。
「·····ん····っ♡」
響いた水音に空気が震える。
さっきから表面ばかりだ。
口元が寂しくて、伸びてきた指を咥える。滴る唾液を拭った中指も一緒に口の中に詰め込んだら、見下ろした美形は仕方なさそうに微笑んだ。
「·····俺の好きにしてもいい?」
とろけるような囁きの後半は───突如巻き起こった逆風にかき消された。
「!!」
ベットの前に黒い空洞が発生する。
それは段々と縦に伸び、やがて薄まった闇の向こうから、1人の男が姿を現した。
「···············一度退室しますか?」
しばらくの沈黙の後、精悍な顔つきが無表情に問う。
茜髪に白い軍服。確か、城下へ出かけた時に出会ったカルデアという男だ。
あまりにも唐突な第三者の登場に、その場は数秒間の沈黙が続いた。
「次回から城内へのテレポーテーションを禁ずる」
要件を促す声にさっきまでの余韻は皆無だ。
ルシフェルはミチルの裸にシャツを羽織らせ、ベットを立ち上がった。
横顔は、彼にしては珍しく不服そうだった。
「離婚認定書類について、ダリア様から御託けが」
騎士の報告に、ミチルの目の前は一瞬暗くなった。
離婚認定。
やはり、こっちの同意がなくても、話をつけなくとも、否そもそも最後に会って顔を合わせることも無く、離婚は決定したのだ。
「·····っ」
冷めてゆく身体を自身の腕で抱きしめる。
「その他のご報告ですが」
ルシフェルと話していたグレイの瞳はこちらを一瞥し───何も見なかったかのように逸らされた。
街で会った女が自分だということには、気がついていないようだ。
「場所を変えよう」
広い肩口が再び振り返る。
ミチルは頭を撫でるルシフェルを不安げにみあげた。
「直ぐに戻るよ」
それだけを告げ、彼はカルデアと共に部屋を出ていってしまった。
「··········」
1人残されると、途端に心細さを覚えた。
身体は変に敏感になって落ち着かない。仕方ないのでベットに横になり、羽毛を被ると、ほんの少し安心した。
上質な生地に、整えられた空調。
完璧に採寸された服みたいな部屋だ。
柔軟剤にルシフェルの香りが混ざっている気がして、頬を擦り寄せる。
眠気に促されるまま、ミチルは瞼を閉じた。
「書類の承諾には、審議に時間を要するとのことです」
カルデアの報告に、廊下を進む脚は1度立ち止まった。
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