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一章
143.野望
しおりを挟む耳の奥で機械音が響く。
それが段々と大きくなってゆく。
"誰のが欲しい?"
画面の中のハインツェが囁いた。
長い指がまたショーツの上を擦れば、絹は濡れそぼって光沢感を増す。
滑っていた中指が穴へ押し込まれる。愛液を垂らし、寂しい尻は前戯だけで絶頂した。
映像に黒い砂嵐が混じった。
何者かに邪魔されるように、魔力の経路が通じにくくなる。
数秒後、球体は木っ端微塵に消え去った。
「··········」
不備では無い。
皇族をも凌ぐほど膨大な魔力を操る力が働いたのだ。
即ち、サタンの憤怒の矛先は明確だった。
「·····ミチルか?」
神が欲しているものの正体。
だから代用は効かないのだ。
怒りを鎮めるには断末魔を聞かせ、血は一滴残さずサタンに献上する必要がある。
「君の解釈では半分正解さ」
ルシフェルが微笑む。
文字通りこちらの考えを読んだ彼は、すいと人差し指を立てた。
「しかし例外的に、ミチルを生かす方法がある」
「不可能だ」
神の怒りは死を持って償う必要がある。
時期が遅くなれば、恐ろしい見返りが待っているだろう。
最早、一刻の猶予も残されていない。
「·····ところで、ミチルに出会った時のことを今でもよく覚えてるよ」
不意に、相手が言った。
「ああ、特に君のせいで涙を流す姿は忘れられない。滑稽で、健気で、けどこんなにも弱い心がなかなか手に入らないんだと知った時·····───」
「··········」
弧を描いていた唇がふと平行になる。
何かを辿るように遠くを見る目だ。突如、前触れもなく暴露された「忘れられない」なんて言葉は、彼が言うにはあまりに変な響きだった。
解読する前に、無感情な唇は「いいや」とかぶりを振った。
「そう·····君が彼を気にするどころか、利用していることすら、今は気に入らない」
───ダリアのような権勢欲は持ち合わせていない。
生まれた時から持っていて、あってもなくても変わらない、寧ろ持っていた方が面倒で無意味極まりないものだとわかっている。
つまらなくてたまらなかった。時折試しに取り組んでみては、どれも思いどおりになって、飽き飽きしてしまった。
根本を辿ると、着地点は1つの疑問。
たった1つだけ分からないことがあった。
それは愛するということ。
全く不合理かつ理不尽な感情。
ダリアに恋心を抱くミチルに興味を持った。初めはただそれだけだった。
「皇子ではない自分」。
権力も持ちえず、何者でもない自分を見て、ミチルは微笑んだ。
全てそれだけの事が始まりだったのだ。
何もかもを手に入れても手に入らなかった。
サタンが世界を血の海にしても、満たされなかったものの正体。
これは────自分と、もう1人の自分の野望だ。
「鼓動が聞こえるんだ」
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