156 / 798
一章
134.オオカミ
しおりを挟む───────────────
勘違いでなければ最近のジェロンはなにかが変わった。
それとも、前までは横暴だったはずのアヴェルが意外と世話焼きで大人びていると気づいたとか、ハインツェは別に自分を嫌っている訳じゃなくて虐めるのが好きなサイコサディストなだけなんだというふうに、ジェロンにも別の面があっただけなのか。
(爪、丸くなった)
1寸の狂いもなく滑らかなカーブだ。
じっと見ていたらジェロンの視線を感じた。
噛まないように監視しているらしい。
疑われたら期待に応えたくなるが、今の彼は何をするか分からないからやめておこう。
かわりに見つめ返してみる。
「何か」と問いかけられて、ミチルは無言のまま首を振った。
「··········」
変な世話係だ。
視線の先の美形を眺めていたら、ふと疑問が生まれた。
整えてもらったのはいいが、一方で、彼は毎日全くおなじ容貌だ。
服とか表情だけでは無い。不自然なくらい自然に同じ姿で現れるのだ。
もしかしたら爪の長さまで毎日きっかり同じなんじゃないかとか、馬鹿馬鹿しい疑惑をうかべる。
無機質で怖い感じがしたので、そばにあった手を掴んで袖口をまくってみる。
「···············。」
手を離したら数秒後、折れた袖は彼によって直される。
シワもスッキリ無くなって元通りだ。
不満げな顔を見下ろし、ジェロンがしゃがみこむ。
「いかがなさいたしたか」
自分から聞いてくるくせにつっけんどんな感じも毎回おなじだ。
「髪の毛、切ってあげる」
そう、彼がやってくれたからお返しだ。
ロボットみたいにずっと変わらない見た目を変えることが出来れば怖くもない。一石二鳥だと思ったが、冷たい唇はただ一言、
「結構です」
と提案を一蹴した。
そもそも、髪は意志に構わず伸びるはずなのに、なぜいつも眉の少し上をさまよっているんだ?
謎だ。
そっと手を伸ばしてみる。
相手はかすかに目を見開き、特に抵抗するふうもなく待機している。
触れた髪の毛は意外にも柔らかかった。
(きもちい)
毛の長い大型犬を撫でたらこんな感じだろうか。
口にはしないが、彼は少し犬っぽい。人懐こい飼い犬ではなくて、狩りをしたり、門の前にいる厳つい番犬みたいなイメージだ。
(犬というより·····オオカミ·····?)
前髪をかき分けたら形の良い眉が覗いた。
鏡を合わせたみたいに左右対称な美眉だ。もう少し持ち上げたら、知的な額があらわになる。
興味本位で髪をかきあげたミチルは、はたと手を止めた。
彫りの深い肌に、つり上がってスッキリした瞳。
こちらを見つめる青に戸惑って距離を置く。
「·····ご所望の髪型があれば、明日からそのように致しますが」
じっとしていたジェロンが、今度は自らぐちゃぐちゃになった前髪をかきあげてみせる。
後ろに撫でつけると、普段よりも大人っぽくて冷たい感じがする。
ミチルは慌てて首を振った。
なんだか心臓に悪い。
「着替える」
咄嗟に話題をそらしたとき、不意に扉の開く音がした。
ノックしないで入ってくるような人物はこの屋敷に二人しかいない。
「心配させやがって」
ため息混じりに言ったのはアヴェル、その隣にハインツェ。予想は当たり、加えてヨハネスもいた。
皆変装したままだ。
帰ってきてすぐ尋ねてきたらしかった。
62
お気に入りに追加
2,283
あなたにおすすめの小説



義兄の執愛
真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。
教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。
悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。

ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる