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一章
122.お金で買えないもの
しおりを挟む「とてもお金で買えるものではないことを承知で申し上げますと」
抑揚の少ない声が流暢に話し始める。
また前置きの長いナゾナゾだが、そういう話し方も今は嫌いじゃない。
余計なことを考えにくくなるから。
考えないようにして、平気なフリをしやすい。
「時間を頂きたいのです。ミチル様の寛大な御心で、私に施しを与えて下さいませんか」
「··········どういうこと?」
難易度が高すぎるのは却下だ。
休暇が欲しいということなら、自分ではどうにもできない。
まさかこっちからダリアに話を通せということだろうか?
(絶対、むり)
せっかく忘れようとしていたのに、また狂いそうな夜を思い出してしまう。
いつ明けるかも分からない暗闇で嬲られながら、恐怖とともに望んでしまった。
この穴だけでも愛してくれることが嬉しいなんて。
「頂きたいのはミチル様のお時間です」
つっけんどんにも聞こえてよく響く低音だ。
しばらくぽかんとしていたミチルは、数秒後首を傾げた。
買った分の時間を欲しいということ?
考えていたら混乱してきた。
「なにするの?」
「御髪と御手鉤を整えましょう」
「····?」
「髪と爪を切らせてください」
難しい言葉が理解できないことはジェロンも分かっているようだ。
清々しく言い換えるから「馬鹿には分からないか」と呆れられているようにも聞こえる。
「そんなことでいいの?」
しかし、自分で自分に支払うから実質ゼロ円。それも自分の世話をするために時間が欲しいという。
これこそ世話係の鏡だ。
脳内で調子よくジェロンを賞賛する。
「はい」
返事は少し遅れてきてから来た。
「·····?」
今の間はなんだ?
こちらを見つめていた青が伏せられる。
「"分をわきまえた私には"とても畏れ多いことであります」
さっきの「責任が取れないなら口を慎むべき」に似ている気がする。
未だ遠回しに嫌味を言っているのだろうか。
そんなふうに考えるミチルは、本当は別のものを望むジェロンの真意など、露ほども分からないようだった。
迎えにやってきたヨハネスは普段とは違う格好をしていた。
庶民的な亜麻色のシャツに、ブラウンのズボンと靴。頭には同じく茶のハンチング帽を被っている。
浮かれてすっかり忘れていたが、皇子達が堂々と街中を歩く訳にも行かないだろう。
「うさぎちゃんも着替えよう」とヨハネスが手を引く。
段違いな美形は隠しきれていない。
連れられたドレスルームには、想像とは違う衣装があった。
袖口のたおやかなブラウスに、皮のコルセットはバツ印のリボンで細いウエストを作っている。
緑のスカートが少し短めの、平民のドレス。ついでにマロン色のウィッグがあった。
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