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92.助けて
しおりを挟む「そんなの肥えさせるために決まってるだろ」
「いや、案外気に入っておられるのかもしれないぞ。上の方の召使いは、夜伽で聞こえてくる鳴き声がそそるって」
「·····まあ、物珍しくはあるな·····」
「なんでもその鳴き声が───」
ガチャン。
更に後ろへ引き下がろうとしたら、背中で何かを押してしまったらしい。
動きを止めるがもう遅い。
視線の先に、汚れた革靴が見えた。
「なんだ?」
「こいつ·····」
ひとりがギョッと目を見開く。
「例の獣人だ」
「なんだって?」
彼らは顔を見合わせ、困惑の表情を覗かせた。
今のうちに逃げてしまおう。
四つん這いで隙間から出たら、むんずと首根っこを掴まれた。
「!?」
鳴き声が出そうになり慌てて口元を抑える。
暴れ回るが、両手も拘束され逃げられなくなる。
「!おい、こいつは曲がりなりにも殿下方の·····」
慌てたように言う青年に、ミチルを捕まえた男は嫌な笑みを覗かせた。
「捕虜同然だろ?それにこうも聞いてる·····"満足に口を聞くことも出来ない欠損品だ"ってな」
"欠損品"。
久々に聞いた単語に身体中から血の気が引いてゆく。
出来損ない、家紋の恥。小さい頃から幾度となく言われていたことだ。
忘れていたなんて、なんという愚か者だろう。
遠ざかっていた世間の目と自分の立場を思い出す。
頭から冷水をかけらて、目が覚める気分だった。
ダリアに恋い焦がれて切なくなるのも、選択肢に希望を持つこともおこがましい。
ハインツェから逃げた結果が、どこまでも無力を思い知ることになった。
彼らから逃げられるわけがない。
出来損ないの自分には、ここしか居場所は無い。できるだけ面倒をかけないように、指示されたことには喜んで従わなければいけない。
「こいつ、抵抗しなくなったぞ?」
弱者は弱者なりの生き方がある。
出来るだけ楽に生きられる方法があるのだ。
従えば必要以上に痛めつけ傷つけられることも無い。
これはハインツェに教わったことだった。
こちらを物色するような視線がまとわりついた。
「流石に食うことは出来ないし、こっちで楽しませてもらうぜ」
シャツのボタンに手をかけたのはさっきもう1人の方を咎めた青年だった。
ダリアたちが余程恐ろしいらしい。自分をどうしたところで誰も怒るわけが無いのに、服は丁寧に脱がせるようだ。
「なんだ、こんな湿気ったパンが食いたかったのか?」
「食わせてやれよ」
握りしめていたパンを口に詰め込まれる。
ズボンと下着を剥いた男が、腿を鷲掴みした。
「柔らけえ·····体温も驚くほど高い」
手は興味津々に肌を揉む。
もちろん経験がない訳では無い。むしろ幾度となく酷く抱かれたはずなのに、嘔吐してしまいそうな嫌悪感に苛まれる。
獣化してしまわないよう、必死に息を止めていた。
「·····これは·····意外といけるな」
1人が呟いた。
「安心しろよ、大人しくしてりゃ何事も無かったかのように終わるって」
彼の言う通りだ。
大人しくしてさえいればいいんだ。
それなのに、怖くて気持ち悪い。
耐えられるだろうか?
(助けて)
家族にすら見捨てられた出来損ないを、誰が助けてくれるっていうんだろう?
「獣人の雄は濡れるって本当か?」
汚れた手が股下に伸びてくる。
ミチルは強く瞼を閉じた。
「───そりゃぁ、女よりよっぽどね」
新しく混ざったのは、聞き覚えのあるチャラけ声。
目を開くより先に重圧から開放された。
刹那、派手な音が鳴り響く。
さっきまで目の前にいた男たちは、巨大な冷凍庫の前で泡を吹いて倒れていた。
「けどそれはさぁ、俺にだけなんだよなぁ」
扉の前に立っていたのは、背の高いラベンダー髪の男。
長さを持て余すような足取りがゆっくりと2人の方へ向かってゆく。
目を覚ました男の顔面はたちまち蒼白になった。
「ハ、ハインツェ殿下·····!?なぜこのようなところに·····ど、どうかお許し──ガハッ"!」
視界の先で、大の大人が更に数メートル吹き飛ぶ。
殴られた男の口から尖った歯が飛ぶ。彼を追って部屋を進んでゆくハインツェが恐ろしくて、ミチルは作業台の隙間にしゃがみこんだ。
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