悪魔皇子達のイケニエ

亜依流.@.@

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一章

78.裏庭

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「うう·····」


草の地面のおかげで助かった。
もっとも、今は痛みなんてどうでもよかった。

逃げてきてしまった。
きっと今頃、会場は騒ぎになっているだろう。ダリアは怒っているかもしれない。

起き上がろうとする。
が、まるで根っこが生えたみたいに、その場から動けない。
これからどうしよう?

足先から凍えるような気分だった。


「·····──お怪我はありませんか?」


いつかにも聞いたことのあるような台詞だ。
そっと顔を上げた先に、わざわざ手袋を外して差し出された手のひらがあった。


「さぁ、つかまって下さい」


彼は片手だけでミチルを引っ張りあげ、身体を支えた。
なめらかに光る白髪に、抜群のスタイルを持った男だ。

白いタキシードにはルビーよりも濃い赤のカフスが映える。
仮面のせいで素顔はよく見えない。しかし隠された目元を見なくとも、漂う品格と立ち居振る舞いから、彼が高位貴族であることが予測できた。


「どこか痛むところは?」

「·····いいえ·····」


(·····あれ·····?)


耳を擽られるような甘い低音。この魅惑的な口元にも見覚えがある。
しかし、初めて悪魔界のパーティに出席する自分が、城の者以外の悪魔に会ったことなどあるはずがない。


「本当に?」


質問に首を振る。
教わっていた礼儀作法を活用することは出来なかった。


「ドレスは·····良かった。幸い汚れていないようです」


彼はそんなことどうでも良さそうに微笑んだ。
いきなり現れた魔法使いみたいだ。
親しげな笑みに、普段他人を恐れる自分が警戒心さえ抱けない。
不思議な人だ。


(不思議な人·····)


「おっと、もうこんな時間だ」


男は独り言のように呟き、再びこちらの手をとった。


「パーティが始まったようです」


いつの間にか遠くから和やかな音楽が聞こえてきた。
オーケストラの生演奏だ。
そろそろ皇子達が入場する頃だろうか。


「さぁ、行きましょう」


彼が先を進む。
ミチルは立ち止まった。


「·····?どうかしましたか?やはりどこか具合が·····」

「い、行きません」


今更戻ったところで、自分の居場所はどこにもない。
自分から逃げてきたのだ。

それにここは安心する。
月が浮かぶ噴水の水面、そよぐ風、夜露に濡れる草花。
ずっとここにいて、誰の目にも入らないまま消えてしまいたい。


「どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?」

「·····え·····」


片耳に軽い重みが乗る。
視界の端で瑞々しい花弁が揺れた。


「私にエスコートさせていただけませんか」


目の前に跪いた男が、こちらの手の甲へキスを落とす。
暖かい弾力に言葉を失った。

通常、入場のパートナーはひとりと決まっている。複数の夫を持つ者は、誰の子も授かっていない場合夫の中からパートナーを選ぶことは不適切とされている。
古い仕来りでは、もし選んだとなれば、初めはその夫の子を授かると公に暗示することになるからだ。

───しかし、彼は旦那では無い。
ミチルは逡巡した後、まるで導かれるように、白い手袋へ手を伸ばした。








「ミチル様がご到着なさっていません」


待機していた使用人は、緊張感のある声で告げた。
想像していなかったことでは無い。そして彼がやってくることも想定内だ。
階段上の舞台、和やかな賑わいを見せる会場内を眺めていたダリアは、浅いため息をついた。


「見つけ次第控え室へ通すように」

「かしこまりました」


おおかた、エスコートにやってこない自分に絶望でもして、反発しようとしているのだろう。
もしかしたら反発なんて意識はなく、ただ惨めさから逃げ出したのかもしれない。

今更この城の敷地内で、この自分を想い、頬や、あるいはもっと深くを濡らしているだろうか。
滑稽でわかりやすい家畜だ。


「あのへっぽこ餌袋、どこ行ったんだよ·····」


そばにいたアヴェルが苛立たしげに呟く。
ヨハネスに至っては祝宴などほっぽって、ミチルを探しに行ってしまった。

仕方の無い獣人だ。


(本当にどうしようもない)


それなのに、愉快ささえ覚えるのはなぜだろうか?


「待て」


オロオロしていた召使いを引き止める。


「控えではなく、俺の執務室へ───」


突如、扉の開く合図が響いた。

ルシフェルが到着したらしい。
毎回遅れて到着するのがスタンスなのだろうか。
自由奔放さが許されるのも全ては彼が第一位の権力を手放したからだ。
この自分が勝ち取ったはずだというのに、こんな時でさえ彼に譲られた気分になる。


「ルシフェル皇子殿下の·····」


告げられたアナウンスが途切れる。


「なんだ?」


不審に思ったダリアは下階の入場口を見やった。


「ルシフェル皇子殿下と、ミチル様のご登場です」


「·····なんだって?」


会場は一瞬にしてざわめきを広げた。
扉から姿を現したのは、白で合わせたような衣装の2人。
彼らは一身に注目を浴びながら会場へ進む。


(なぜ、ルシフェルがミチルを?)


初めて出会ったわけでは無さそうだ。
ダリアは唖然とその光景を眺めた。












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