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一章
76.見世物
しおりを挟む「ンだよ、タイミング悪ィな」
長い溜息を着くアヴェルの顔が離れてゆく。
危険は状況は回避出来た。
しかしダリアにこんなところを見られてしまった。
恥じらいのあまり現実を受け入れられない。
「··········」
「ぁ·····!」
突如、髪を引っ張られ、無理矢理体を起こされる。
こっちを揺さぶりながら、アヴェルは意地悪く嗤った。
「避妊薬飲んでねぇって聞いたから脅かしてやろうと思ったのに、ぶっても揺すってもだんまりだぜ」
(·····?)
つまんねえと呟く相手を見上げる。
半分が本当、半分が嘘だ。
ぶたれてなんかいないし、多分脅されてもいない。今こそ嫌な笑みを浮かべているが、2人きりの時は確かに優しいキスをされた。
彼はどうして、ダリアに嘘をつくんだ?
凍てついた紫がアヴェルを睨みつけ──しかし呆れたように外された。
「これ以上皇族から欠席者は出せないんだ」
出ていけというダリアの言葉を聞く前に、ベットから立ち上がった彼は面倒そうな足取りで部屋を出ていった。
バタン。
荒々しく扉が締まり、沈黙が訪れる。
西日が差すと、あたりは全部オレンジ色になった。
「お前も、ただ流されるだけじゃ駄目だろう」
ため息混じりの言葉に何とか頷く。
アヴェルに言及する時と比べだいぶ易しく、それ以上咎められることもなかった。
ダリアの説明は至極簡単だった。
当日は案内に従って、あとは何もせず用意された席に座っていれば良い。それだけ伝えられたミチルは、思わず聞き返してしまった。
「·····それだけ?」
初めてのパーティー。
それも、自分が主役なのではないのだろうか。
"見世物"。
ふと、そんな単語が頭をよぎった。
「他に何か出来るのか?」
「·····」
久しぶりに聞く冷たい声だ。
前にも聞かれた質問の意図が、今ならしっかり理解できる。
言われたことだけをしていればいいと、あの日彼は告げた。
一緒に入場してくれるのかとはとても聞き出せなかった。
心と体は結びつかない。
こんな時でさえ、副反応のせいか、はたまたアヴェルに受けた辱めのせいか、体は熱くて寂しくてどうにかなりそうだ。
(奥に欲しい)
普段の自分なら嘘みたいなことを思い浮かべる。
鼓膜を揺らす低い声に涎が垂れそうだ。
乱暴でもなんでも構わないから、今すぐに彼に·····───。
ダリアの声がピタリと止まった。
聡明と高潔を思わせる美形は無感情だ。
いつも通りのそれに、どこかで違和感を感じた。
「·····そんな顔をして誰彼構わず誘うほど」
長い足が一歩近付いてくる。
「男が欲しいか?」
距離が近づくだけで、空気がざわめくのがわかる。
無感情だ。
自分を抱いた日にひしひしと感じた憎悪も侮蔑も、今は何一つ感じられない。
見つめられているのに、顔が黒く塗りつぶされているようにも見えた。
「媚びへつらって、健気な事だな」
「そんな·····」
ミチルは口を噤んだ。
ダリアは変わってしまった。
もとより、本当の彼は"こっち"だったのかもしれないという予測は、確信に変わりつつある。
「話すことは許可していないだろう?」
「初めて自分を必要としてくれた人」?
ほかの男に抱かれに行けと言われた時、それが彼に喜んでもらえる方法だと夢見ていた。
利用されただけだ。
これからも変わらない。
酷く抱かれた時、心はズタズタにされた。
罵られ辱められた。あれは瘧辱以外の何者でもなかった。
(誰にでもなんて、酷い)
全てわかっているのだ。自分がどうしようもなく馬鹿だった。
それなのに、彼をまだ愛している。
これが恋愛的なものなのか、妖しいなにかなのか、ただの執着なのかは分からない。
「·····っ」
「··········。」
目元がじんわりとぼやける。
しょっぱくて少し甘い涙だ。
彼はそれ以上近づいては来なかった。
「明日の夜、部屋に来たまえ」
「·····へ·····?」
また新しい利用価値が出来たのだろうか。
今度は何を指示されるんだろう。
どんなことであっても、きっと彼に従うだろう。
「分からない振りをしているのか?」
「·····?」
───キョトンとするミチルは、台詞が意図することを全くわかっていないみたいだ。
脳足らずなこの家畜を見ていると、どうしようもなくイライラする。
「3日目の夜は誰にも抱かれずに、真っ直ぐに俺の寝室へ来い」
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