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一章
72.不調
しおりを挟む性的なこととは無縁な、どこまでも澄む湖を思い浮かべたりもした。
全部間違いだ。
ヨハネスのスケベ。使ったことも無い罵倒を脳内で悪態つきながら、1人になったベットの上、たっぷり濡れてグチャグチャになったパンツをにぎりしめる。
急用で呼び出された彼は、ほぼ追い出されるような形で部屋を後にした。
「必要であれば扉の向こうで待機しますが」
いつの間にか佇んでいたジェロンが言う。
彼の言葉は八割型回りくどくて分かりにくい。首を傾げると、鋭利な目元がこちらの下半身を見下ろした。
「お一人の時間が必要かと判断しました」
だから、つまりどういうことか?
背の高い相手をじとりと睨みつける。体が熱くて、それくらいしかすることがない。
こちらへ背を向けた彼が戻ってくる。
手には中くらいの箱を持っていた。
「ダリア様からお渡しするようにと仰せつかりました」
「?」
箱を受け取って、刺繍の美しいリボンを外す。
プレゼントだろうか?多少の期待と不安を胸に蓋を開ける。
出てきたのは、所々緩い凹凸のある棒だった。
全部で四本。どれもゴム製のなめらかなもので、大きさは一番小さなものが直径2.5センチ程度、形と長さは全て同じだった。
「これ、なに?」
「マッサージ用の張形です」
「マッサージ?」
肩でも叩くんだろうか。
手に握って肩口に回してみる。悪くはないが、良くもない。
違いますと、無機質な声に否定された。
「"慰める"為の」
話が全て見えてきた。
今の自分はセックスが出来ない。
入室しフェロモンを嗅ぎとったジェロンは、状況を予測してこれを差し出してきたのだ。
ミチルは手に持っていた中くらいのそれを投げかけ、しかしダリアからの贈り物であることを思い出し、既のところで耐える。
迷った挙句、目に入らないように枕の下に隠した。
出来損ないにも羞恥心くらいある。
女用の張形を渡されて喜ぶとでも思ったのだろうか。
ジェロンの無表情が今はとても憎らしい。
うつ伏せになって視界を遮断する。
もちろん自慰なんかしないで眠ることにした。
(でも·····)
アレがどんなものなのか気になるのは隠しようもない事実だ。
不完全燃焼は収まる気配がない。
ミチルは無理やり意識を葬った。
ハインツェのいない講義時間は、時々頬や頭をつついてくるアヴェルを無視すれば、とてものどかなものだった。
昨夜は妙に身体が熱かった。
遺伝子変異による副作用を心配していたが、多少の不調を除けば、このまま何事も無くフェロモンは定着しそうである。
杞憂だったらしい。
「お前、わかんねえ癖に無視してんじゃねえぞ」
「キャン」
尻を叩かれて飛び上がる。
叩いた本人は少し驚いたように眉を上げた。
「あ?んな強くしてねえだろ·····大げさな奴」
確かに、ポンと手を置かれるようなそれだった。
ミチルは自分でも分からず俯いた。
副作用というにはあまりに小さなものだが、今は服が少し擦れただけでも違和感を感じる肌の過敏性に悩まされていた。
「うさぎちゃん、こっち」
彼らに挟まれて座っていた身体を持ち上げられて、ヨハネスと壁の間の席に移動させられる。
やっと少し安心できる。地面に届かない足をブラブラさせていると、おまけで頭を撫でられた。
「おい、戻ってこい」
アヴェルの命令には気付かないふりをする。教授が咳払いをしたおかげで、あとは眠気と戦うだけになった。
(眠たい·····)
一日中睡魔に襲われている。
沢山眠って昼過ぎに起きたというのにどうしたんだろう。
上記の不調とはいくつかある。
1つは、先程もあげた感度の過敏性。2つ目がこの異様な眠気、3つ目が今朝の不可解な出来事である。
昨夜身体の熱に耐えて眠ったら、目が覚める頃、下半身の違和感に気づかされた。
羽毛を剥いだらシーツはコップをひっくりかえしたみたいに濡れていた。
無臭であるから尿ではない。ミチルは恐ろしくなって、しかしそんなことを誰にも打ち明けられず、そそくさと部屋を出てきたのだった。
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