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一章
60.怠惰な生活
しおりを挟む「もういいだろ」
「!」
頑丈な腕に身体を押されれば、ベットに倒れこむのは必然的だ。
「寝ろ」とだけ命令して彼が目を瞑る。
輪郭を駆ける陽が妙に艶っぽかった。
(朝なのに)
こんなに怠惰な生活を送って、バチが当たらないだろうか。
(眠たい·····)
気がつけば白い夢の中にいた。
意識があるような、ないような睡眠だった。
ふと体に感覚を取り戻した時、薄いまぶたの向こうには、弱い日差しが確認できた。
正午は過ぎただろう。
全身が暖かい。
お腹に回された硬い腕を摩って、アヴェルだったと思い出す。
ずっとこの部屋にいてくれたらしい。
「ん·····」
滑らかなシーツに顔を擦り付けて、うたた寝に戻ろうとし───正面から視線を感じた。
目を開けた先で、パチリと目が合う。初めて目が覚めるような泉の色を凝視して、身体中からは冷や汗が吹き出した。
ベットの前に腰掛けた相手は、懲りずにこちらを見つめている。
なぜ彼がここにいるんだ?
微笑みかけられれば、あまりの美形にアホズラをこく。
ハッとして、こぼれていた唾液を布に擦り付けた。
「うさぎちゃん」
彼は未確認生命体だ。
赤子を世話するみたいにしてると思ったら、酷くしたいと言ってきたり、優しい声で意地悪をする。この前は───。
"愛してる·····"
声も吐息も思い出して、顔が熱くなる。
そんな彼が、穴があきそうなくらいこちらを見てくるのだ。
耳まで熱い。
いや、アレは、深い意味なんてないんだ。可愛いを多用するんだから、あの単語にこだわって振り回されたくなんかない。
白い手が頭上に伸びてくる。優しい重みが加わった。
「よしよし」
擬音語のとおり頭を撫でられる。
片手は彼に握られ、手首の内側、手の甲へとキスを落とされる。
「ミィ」
ミチルは今度こそまぶたを閉じた。
「起きてくれないの」
何か言いたげな声は無視する。
純粋無垢な好青年の次は、可哀想な末っ子でも演じるのだろうか。早く離れてくれないと、今度こそ怒ってやろうと思う。舐められないように精一杯の眼力で睨みつけて、やはり美貌に返り討ちにあう。
「うさぎちゃん·····」
薄い唇がふと半開きになった。
何故かドギマギしてしまう。
本当は、あの時の言葉の意味が気になって仕方ないのだ。
「こっち、おいで」
「·····」
ミチルは何度か瞬きを繰り返した。
碧眼は午後の陽射しを吸い込んで輝いている。期待のこもった眼差しから、自身の腹部へ視線を落とす。
がっしり抱きしめられている。
少し体を動かしてみるが、やはりビクともしない。
こういうことだから諦めてくれ。
今度甘いお菓子と蜂蜜ミルクを用意して、本を読んでくれるなら遊んでやらないこともないから、なんて不貞腐れた脳内で呟いていた時だった。
ヨハネスがこちらへ身を乗り出す。
彼の手は白くて細い。けれど男らしく角張ってしなやかだ。それがベットに皺を作るのは、何故かこちらを妖しい気分にさせた。
「·····っ」
盗み見ていた唇が鼻先をくすぐり、上唇に触れた。
額、まぶた、頬へ、順に口付けが落ちる。
「好きだよ」
聞きなれない単語が耳に溶ける。
「俺のこと、好きになってくれない?」
この前からどういうつもりなんだ?
ヨハネスの目的はなんだ?
怯えている理由は、彼が怖いからじゃない。
この言葉に懐柔されそうで怖いのだ。
迂闊に他人に好意を抱いて、傷つくのはとても辛い。
「嫌?」
彼はいつもそう聞く。
一瞬の迷いを隠すように、ミチルはブンブンと首を横に振った。
「··········」
相手が息を飲む気配がした。
この返答で間違いはないはずだ。
相手の表情を見ると、どうしようもなく悲しくなるのは、なぜだろう?
「どうしたら·····」
彼は模索するように言った。
「·····どうすれば、俺のこと」
「───おいおい、みっともねえな」
背後から抱きしめられていた力が強くなる。
目を覚ましたにしてはハッキリした低音が鼓膜を揺らした。
「振られたなら潔く引くべきだろ?」
「ひゃん」
鋭い犬歯が耳元に噛み付く。
慌てて塞ごうとした口内に、ゴツゴツした指が入り込んできた。
彼の指は舌を翻弄しながら奥へ侵入してゆく。えずきかけると上側を撫でられた。
腰を甘い電撃が駆けていった。
「ん、」
(息、上手くできない)
「こいつは俺といたいって。そうだろ?」
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