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一章
54.奴隷になる
しおりを挟む違うと言いかけて口を噤む。
否定したら、逆に自分のことだと肯定することになる。
「分かんねえの?」
ミチルは無言を貫いた。
「じゃあ大ヒントで"馬鹿"も追加」
彼はある種天才だと思う。
人を不愉快にさせる天才だ。
シーツを握りしめたミチルを、ハインツェはニコニコしながら眺めていた。
答えは反応だけで十分だと判定されたのだろう。
「じゃあ次の問題」
クイズ遊びは継続するらしかった。
褪せたライラックの髪からシルバーが光った。
棘のようなピアスだ。グロテスクに輝いて、心臓に悪い。
彼の口元から笑みが消えた。
「誰に泣かされた?」
クイズというよりも質問だ。
泣いてないと言いたいが、嘘はすぐに見抜かれる。それどころか、獲物を値踏みするような目に挫けて、今十分に泣き出せそうだ。
「怖いの?」
手先は無意識に震えていた。
笑う度に覗く牙が、いつ剥き出されるか分からない。
「変なの」と、彼は首を傾げた。
「俺はさぁ、チルチルが俺の言うことさえ聞いてれば、なーんにも、酷いことなんてしないよ」
「!」
長い指が頬をつまむ。
柔らかい皮と肉は遊ぶように伸び縮みさせられる羽目になった。
「欲しいもんなんでもあげるし、お願いなんでも聞いてあげる。"夜"も十分満足させられるし·····最高の条件だと思うんだけどなぁ·····」
彼の本性を知っていれば不気味なほどの猫なで声だ。
完璧な容姿を持った、悪魔界の皇族。
この国の乙女なら誰もが望んだ婿候補だろう。
つまり自分とはあまりにも不釣り合いな男なのだ。
兄弟、ほかの貴族、そして使用人にさえ虐げられていた自分には───。
「んで、誰?」
伸びてきた手が唐突に羽毛をはぎとる。
ハインツェは椅子からベットの端へと移り、こちらへ体を乗り出した。
驚くほど清々しい笑みだった。
「俺がそいつの鼻をへし折って、くり抜いた目を持ってきてやるよ」
「·····?」
視線は素足をなぞり、膝丈のスリーパーをめくりあげた。
少し下がった空気に鳥肌が立つ。
思わず引っ込めると、足首を掴まれた。
「俺のものになるって言えばいいんだよ。ん?」
指先が首元をくすぐる。
「そしたら、一生誰にも虐げられたりしない」
脅威のシンボルのような彼が、こっちを傷つけて泣かせた相手を懲らしめるとか、願いを何でも叶えるとか言っている。
話の脈絡が全く掴めない。
「だからさ、俺だけのために」
「·····ぁ·····っ·····」
「·····鳴けよ」
スリーパーをめくりあげられると、それ一枚しか着ていない裸があらわになった。
さっきは、自分のものになれば酷いことをしないって言ったじゃないか。
矛盾してる。
彼の提案に頷いたら、本当に奴隷になるようなものだ。
「声が枯れるまでね」
押し倒されて、のし上がってきた彼に真上から見下ろされる。
あおぐような視線は艶っぽい魅力を含んでいる。恐ろしいと思う反面、何故か、どうしようもなくドキドキした。
(··········?)
「チル·····」
「!」
身構えるが、彼は頬の髪を払っただけだった。
「───顔にアザできてる」
心当たりはあった。
ダリアに口を塞がれた時だ。腹の中を殴られながらずっと強く抑え込まれ、頭が割れそうに痛かった。
あんなに怒った彼は初めてだった。
思い出すとまた泣き出してしまいそうだった。
「·····ああ、クソ」
彼はボソリと呟いた。
「ぶっ殺してやる」
「·····へ·····?」
薄暗い部屋で寒色の双眸が光った。
彼の雰囲気が変わった。
刃の切っ先みたいに鋭利な目───これは、暴走する時の目だ。
幾度となく与えられた暴力を予感する。
悲鳴を殺すために口元を抑えるが、ハインツェの意識はこちらから完全にそらされた。
ベットをおりた彼が向かったのは、扉。
出ていこうとする悪魔の行き先はすぐに予想出来た。
"自分の獲物"に傷をつけた相手、即ちダリアの所だ。
ハインツェを止めなければ。
追いかけようとしたミチルはベットから床へ崩れ落ちた。
(痛い)
大理石にぶつけた膝がじんじんと熱を訴えるが、今はそれどころじゃないのだ。
急いで立ち上がろうとした頭上に影が落ちた。
長い足は床に片膝をつく。
直ぐにこちらの元へ戻ってきたハインツェの眼差しは静寂だった。
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