悪魔皇子達のイケニエ

亜依流.@.@

文字の大きさ
上 下
55 / 793
一章

50.話し声

しおりを挟む






ハンカチの行き場は彼の唇だ。
二度、三度。そこを拭った布切れは、また元の場所へ戻された。


「·························」


彼の言いたいことは充分わかった。
気にしていた自分が馬鹿みたいだ。今度から口付けは嫌がらせとして使わせてもらうことにして、ミチルは反対方向を向いた。




  正午からしとしとと雨が降り始めた。
部屋の中は少し肌寒い。
順調に時を刻む時計の音を聞きながら、時間が経つにつれて心が浮つく。

その日も早く部屋を出た。
他の兄弟達みたいに、ダリアと2人の時間を過ごしたい。
彼らと一緒にいても無闇にしっぽや耳が出なくなったことも、報告したい。

そうしたらまた褒めてくれるかもしれないから。


足踏みを繰り返してから、意を決して部屋の扉をノックしようとした寸前だ。

話し声が聞こえてきた。

一人はおそらくダリア。
もう一人は分からない。耳をすませるが、それ以上声は聞こえてこなかった。

仕切り直してノックをすると、入室を許可する返事が来た。

部屋の中央に佇む彼がいた。
薄暗く、既に厚いカーテンが窓をおおっている。
確かに声が聞こえたはずだが、他には誰もいない。


(気のせい?)


「·····今日も、予定より早かったな」


背筋に冷たい汗が流れた。
突き放すような声。昨日とは違う雰囲気に戸惑い、ミチルはその場に立ちすくんだ。

彼は、ある時は愛情を感じるほど優しく微笑み、またある時は塵屑でも見るような目でこちらを見下ろす。

ダリアは業務におわれていて忙しいから。
自分が役立たずだから、彼が怒るようなことをしてしまったに違いない。
そう思っていた。

しかしときに、そんな一時の感情と処理するには難しいほど暗い視線を感じるのだ。


「食事は済ませたのかい?」


頷くと彼はかすかに微笑んだ。
疲れたような笑顔は大人の色気があって素敵だが、同時に不安を煽る。


「そうか。アヴェルじゃないが、それ以上は痩せないでくれ」

「·····おいしくなくなるから?」

「··········」


部屋はしんと静まり返った。


「面白い冗談だな」


彼の一言で笑い話にされた。
彼になら、"食べられたい"。そんな思いを込めて聞いたことだったのにだ。


「どこかに行くの?」

「ああ」


タイを締め直すダリアはそれきりこっちを見ない。
このまま彼の言うとおりにしていたら、一生業務連絡をするだけの仲になってしまう。
そんなの嫌だ。


「行かないで」


声が小さかったのか、無視されてしまった。
彼が扉へ近づいてゆく。


「ここにいて」


ミチルは叫んだ。
自分でも少し驚くくらい大きな声だった。
後ろ姿は男らしくひきしまってセクシーだ。冷たい雰囲気にドキドキ高鳴る心臓が期待をふくらませる。
彼は、どんな表情をしているだろうか。


「······そんなに望むならそうしよう。俺が良いと言うまでは声をかけないでくれるね?」


ミチルは飛び跳ねたいのを我慢して首を縦に振った。

机に着いたダリアはもうこちらを見なかった。
少し寂しく思うが、前回よりはずっといい。ベットに腰かけて、気付かれないように彼を盗み見る。

長い指が、時折書類をめくった。
筆を動かす度に凸凹を変える間接が男らしい。知的な瞳も、高い鼻の横顔も、どこをとっても高潔だ。


ミチルはもじもじと足先を動かした。
いつの間にか視線は彼を見つめて、話すことが出来ない。
ベットから漂ってくる入浴剤の香りにドキドキして、身体が熱い。

端にあった枕を抱き寄せる。
そしてそれを股間に押し付けたのは、いわば本能的だった。

静かな部屋で、想い人と2人きりで、相手のベットの上。
いやらしい気持ちに抑えはきかず、そっと腰を動かす。

押し付けたり擦ったりするともどかしい気持ちよさが与えられた。ミチルはそれを欲して、ひたすら声を殺し快楽に耽った。
ダリアの手が止まっていることには気が付かなかった。


(イッたら、だめ)


枕を握りしめて快楽に耐える。
射精はしなかったが、寸止めをくらった腹の奥がねじれるみたいだ。

性器を擦っただけでこんな感覚は初めてだった。
ただ奥にダリアが欲しい。見たこともないのに、咥える妄想をしていた。


「·····他人の物を、随分勝手に汚すんだな」

「·····──────へ··········」


顔を上げたミチルは固まった。









しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

処理中です...