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40.かくれんぼ
しおりを挟むアヴェルが彼に聞き返す。
頷いたハインツェは、次にヨハネスの方へ視線を投げた。
「なぁヨハネス、お前はどう思う?」
「·····俺は」
「!」
ミチルは驚いてヨハネスを振り返った。
彼がハインツェの言葉に反応するのは、自分の知る限り初めてだったからだ。
「俺は···············───·····い」
「あ?」
ヨハネスの言葉はよく聞き取れなかった。
全員がそうだったらしい。彼はそれきり押し黙って、空中を見つめていた。
横顔には暗い影ができていた。
(··········?)
「聞こえねえし·····まあいいや。異論はないってことだよな?」
ハインツェが総括する。
夫婦間の内情が偏らないようにする対策。
ダリアと会える頻度が減らされたりするのだろうか。
胸が痛いのは、やっぱり彼に恋をしているから。
初めて認めてくれた人。
初めて優しく手を握って、自分を必要だと言ってくれた。
ダリアと今よりも会えなくなるなんて嫌だ。
「好きじゃない·····」
ミチルは呟いた。
ずっと気がついて欲しくて、伝えたかったこととは裏腹な言葉だった。
「ええ、そうなの?これっぽっちも?」
ハインツェが疑うように聞き返してくる。
牙の覗いた口端がいやらしく歪んでいることには気付かなかった。
そして、この答えを言わせることこそが狙いであったことにも、もちろん気がつく術はなかった。
ミチルは頷いた。
これで一生、ダリアに自分の想いは伝わらないと知った。
「ダリアには残念な知らせだね」
「おい、話が終わったんなら、こいつは俺が連れてくぞ」
「!」
首根っこを掴まれて、体が宙に浮く。
丸太を抱えるみたいにして持ち上げられた。
騒ぐと暴行を加えられそうなので大人しくしておく。
角を曲がる寸前。
ふと視界に入ったヨハネスは、一点を見つめたまま、未だそこに佇んでいた。
彼が何を思っていたのかなんて、この時はまだ分からなかった。
数分後、ミチルは全力疾走で庭を走っていた。
始まりは彼の質問だ。
「なんでお前が簡単にくたばったか教えてやろうか?」
今朝は少し雨が降ったらしい。
昼下がりの庭は露に濡れていた。彼の腕から降ろされて安堵したのもつかの間、「聞いてんのか」と怒鳴りつけられる。
声がでかいし、図体もでかいし、態度もでかい。
とにかく威圧的なのだ。
なにか悪いことしただろうか?
否。
肉食獣の前で、こんなにお利口な獲物はそうそういないはずだ。
「貧弱だからだ」
「··········。」
早く時間がすぎてくれないかな。
目の前を飛んでいった虫のせいで、くしゃみが出る。
「お前は鍛える必要がある」
きらきら光る虫だ。
人間界では見たことがない種類だった。
見とれていると、
「日が沈むまで俺から逃げきれなかったら、喰う」
恐ろしい宣告をされた。
───そんなわけで、命懸けの鬼ごっこをしてから、多分数時間経った。
理不尽に強制参加させられて捕まったら喰われるなんて酷い話だろう。それがなんと、ここでは現実になってしまう。
半日走っていたから足がクタクタだし、いつどこから悪魔が出てくるかわからなくて、終始怯えている。しかし獣人って命がかかると意外とやれるものなのかもしれなくて、上手く逃げ切れている。
走ることに夢中なおかげで、ダリアへの悶々とした悲しみはあまり感じなかった。久しぶりに体を動かしたのも嫌ではなかった。
これが命懸けということを除けば。
アヴェルからしたら赤子を追いかけるのと変わらないということを、ミチル自信は分かっていない。
ミチルは彼の狙い通り、満遍なく体を動かした。
「今日はこのくらいだな」
日が沈む頃、荷物を拾い上げるように捕まった。
「ニャー」
びっくりして鳴く。
「··········。」
腕時計を覗いていた瞳がすっとこちらを見て、少し眉を顰める。
美形な分、そういう表情が普通の万倍怖い。オロオロしていると腕に座らせるように抱き上げられ、彼をちょっと上から見る形になった。
光の柱みたいに高い鼻だ。
彫りの深い顔をまじまじ見ていると、上目遣いの黄金と目が合った。
「お前」
少し厚い、色気のある唇が、ふっと笑った。
「途中からくせえ匂いで、追わなくてもどこいるかバレバレだったぜ」
相変わらず酷い言葉を言いのこし、口を塞がれる。
バラのアーチをくぐるあいだ、首筋や脇を嗅がれた。
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