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一章
39.対策
しおりを挟む世の記事を読むと、最近のゴシップ欄は彼で持ち切りだ。
「彼の罪は美貌」、「微笑で死人を出す」、「むしろ酔うのは口付けた酒の方だ」·····───全くどれ程の色男なら、こんな言われが飛び交うのだろうか。
(社交的な戦闘狂?色恋が好きなサイコパス?)
ミチルの脳内には、まとまらない彼の印象が根付いていた。
もちろん、業務として自分の役目はしっかり果たすつもりだ。
礼儀作法だけは幼い頃から学んでいる。上手く出来なければ厳しい罰も与えられていたおかげで、彼らに迷惑をかけることもないと思う。
しかしミチルは不満を隠せなかった。
「入場は、ダリアと」
待ちきれずに問いかける。
他の者もいるが関係ない。今でないと、またはぐらかされて対応して貰えないかもしれない。
今の地位はお飾りみたいなものだ。
大切なのは、皇子たちの寵愛。長男であるダリアがエスコートをしてくれれば、ほかの貴族に脅かされる心配もない。
私情を挟んだことは否めないが、それと共に妥当な人選だったはずだ。
「ぶっ」
斜め横の席で、ハインツェが思わずというように吹き出した。
(何が面白いの?)
ふと強い視線を感じた。
アヴェルの方からだ。恐ろしいが好奇心が勝って、彼の方を見てみる。
完全に見開かれた動向がこっちを睨みつけていた。
鬼の形相だ。
(なに?)
逃げるように視線を逸らすと今度はヨハネスと目が合った。
「うさぎちゃん」
彼はこっちにだけ聴こえるような声でそれだけ呟いたきり、口をとざす。
ミチルは胸元を押さえつけた。
よく分からない罪悪感を感じた。
「·····?」
場の空気が2度くらい下がった気がする。
全く心当たりがないが、とんでもない失言をしたらしい。
「ああ」
ダリアからは肯定か相槌か分からぬ返答がきた。
その後の料理は喉を通らなかった。
視線は肌にヒリヒリ刺さるし、みな無音だからだ。
ミチルはずっと野菜をかじっていた。
できるだけ一点を見つめて動作は最小限に。
空気のように存在感を消そうとしたが、部屋を出る寸前、扉の前を塞がれた。
「とおせんぼ~」
頼むからこの場でふざけるのはやめて欲しい。
一番乗りに逃げ出そうとしていたから、後ろにはヨハネス、アヴェル、ダリアがいる。
特に、何故か機嫌の優れないアヴェルとヨハネスがいるせいで、後ろを見るのは怖いのだ。
「ちょっかいかけんじゃねえよ。今日は俺の番だ」
唸る声に、扉を塞いだハインツェはわざとらしく肩を竦めた。
「今チルのことお前に任せたら、喰い殺しそうじゃん」
昨日ハインツェと寝たから、順番通りなら今日はアヴェルに引き渡されるんだ。
だったら尚更早くここを出て逃げなければいけなかったのに、ハインツェに道を塞がれたせいでそれは叶わぬ夢となった。
いやしかし、逃げても捕まっていただろう。
もしかしたらハインツェはそれを見越して、今何かしらの策で助けてくれようとしているのか?
ぐるぐる考えて、しかし最後の方のは即刻破棄した。
ハインツェはそんな奴ではない。
ボコボコに虐め倒すと宣言されているし裏切られた前科がある。もう分かっているのだ。
「チルチルってダリアの事好きなの?」
「···············え?」
数秒置いてから、ミチルはハインツェの質問を噛み砕いた。
隠していた想いを、前ぶれなく本人もいるところで暴露された。
青ざめたミチルと一緒にその場がさらに凍てついてゆく。
険悪な何かが背を駆け抜ける。
沈黙は溜息に破かれた。
「くだらない事を話すなら、そこを退いてからにしてくれ」
(·····"くだらない"·····)
後ろから告げられた単語が脳内に反芻する。
自分がダリアを好きかどうかなど、彼にとってはくだらない事。
別におかしなことじゃない。彼が自分に対して利用価値以外に何も見出していないことを再認識しただけだ。
まるで石になったように、足を動かすことも出来ない。
「重要な問題っしょ」
ハインツェがパチンと指を鳴らした。
「ほらこういうのって、かたよると良くないだろ?俺たちはさぁ、悪魔界の夫婦の象徴でもあるんだから」
最もらしいことを言って嗤う声は少し遠くに感じる。
一瞬強い眩暈を感じて、平常を保つように、下唇を噛んだ。
「ダリアだけ特別になってるなら、何かしらの対策をしないと。そうだろ?」
「対策?」
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