42 / 798
一章
38.いじわる
しおりを挟む話題は彼で持ち切りだが、当の本人はつまらなさそうである。
ふと──その目が、何かを捉えて、立ち止まる。
一体何を見ているのか?
冷めた瞳に浮かんだ色を、ミチルはよく知っていた。
すぅすぅと順調な寝息を聞いて、もうすぐ2時間が経とうとしている。
数秒瞼を閉じて、また見つめてみる。
それにしてもよく寝ている。
この生き物は臆病なのか肝が据わっているのか謎だ。
鼻先をつまんでやると、ミチルは泣き腫らした目をシーツに擦り付け、むにゃむにゃと口を動かした。
また規則正しい寝息が聞こえる。
『もういじわるしないの?』
稚拙な言葉を思い出すと、何もかもあほらしく思えてしまう。
──なぜ今夜は、こんなに安らかなのか?
長らく浮かんでいる疑問は解決する兆しがない。
呆れるほど静かな夜だ。
「·····呑気な寝顔」
ハインツェは誰にともなく呟いた。
──────────────────
せっかく気持ちよく眠っていたのに、頬を叩いて邪魔された。
手繰り寄せた羽毛はひったくられる。
寒い。
「起きろ」
「ミァ」
なんと相手は、ついでで尻まで叩き上げてきた。
鈍い痛みだ。既にある打撲箇所を叩かれるような·········。
ミチルはハッと目を覚ました。
朝陽がベットを照らしている。
尻の頬は少し触れただけで火傷したみたいに痛い。昨日のことが鮮明に思い浮かび、慌てて羽毛を手繰り寄せる。
ハインツェはシャツに袖を通しながらこちらを見やった。
「チルチル行かねーの?」
彼の言い方からして、彼はこれからどこかに向かうらしい。
そしておそらく自分の予定も。
どこに行くんだろう?
教えて欲しくて見つめていると、広い背はまた遠ざかっていく。
「この部屋で待っててもいいよ。鍵掛けるけど」
それは監禁と変わらないのでは。
ハインツェが姿見を確認しながら髪型を整える。
前髪をかきあげると少し大人っぽく見えてドキッとする。この美貌だけ見れば、一瞬でもそんな思いを覚えたって仕方ないだろう。
「帰ってきたらまた抱いてやるから」
セクシーな口元が想像もできないゲス発言を吐露し、長い指は無理やり首輪を付けてくる。
そのおかげで、ミチルは仕方なく服を着替え始めたのだった。
何とか避妊薬を飲んだあと、向かったのは1階の晩餐室。
広い室内に、立派な食事と長机を囲んで、四人の旦那が勢揃い。
時刻は正午だ。ブランチに近い食事の席で言い渡されたのは、思いもよらないものだった。
「体調はどうだ?」
一番遠くの席に座っていたダリアが問う。
ミチルは頷いた。
体調を崩している間、1度も逢いに来てくれなかった。忙しいんだから当たり前だと自分に言い聞かせながら、何度落ち込んだか数しれない。
「そうか」
返ってきたのはそれだけだった。
アヴェルは黙々と肉単独の食事をしているし、ヨハネスはこっちを眺めながら微笑んでいる。さっきまでちょっかいをかける気満々だったハインツェは、目が合うと興味をなくしたように逸らしていった。
なんだか変な家族だ。
(家族·····だよね?)
この四人はサタンの血を継ぐ兄弟なのだ。
それなのに、お互いへの関心が全くなさそうに見える。時に、他人以下だ。
時折感じる違和感の正体の、さらにそのしっぽみたいなもの。
彼らには精神的、あるいは空間的なテリトリーが存在していて、他人を決して寄せ付けない·····───そんな感じだ。
「1週間後城で執り行う舞踏会だが、ミチルに必ず参加してもらいたい」
付け合わせのサラダをかじっていたミチルは、ふと意識を連れ戻された。
この自分が、王宮の舞踏会に参加する?
「社交界に参加するのは最低限で構わないが、国母の披露は早い方がいい」
不安げな視線が伝わったのだろう。
ダリアが再び口火を切った。
「今の時期なら、お前にとっても負担が少ないはずだ」
長らく戦地に赴いていた社交界の華、第二皇子ルシフェル・ダンタリアンが終戦後初めて城へ戻ってくるとして、貴族たちの注目は彼に向けられているという。
83
お気に入りに追加
2,279
あなたにおすすめの小説


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。


私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる