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28.離宮
しおりを挟む長さを持て余した指先が髪を梳く。
傍から見れば、病人を労っているように見えるのだろうか。
「でも結局、チルチルも変態じゃんね。あんなとこでセックスして──····」
指先は器用に髪の毛を巻く。
「いっぱい鳴いて、グチョグチョに濡らしてたんだから、超きもちかったってことっしょ?」
ミチルは視線をさまよわせた。
忙しなく瞬きを繰り返す。昨日のことを思い出して、また目頭が熱くなりそうだった。
「エロかったな~」
宙を眺める瞳はこちらの無様な姿を思い出しているみたいだ。
猫なで声が名前を呼ぶ。
「これから色んなとこでセックスしよっか。チルがどこ行っても思い出すようにさ」
彼の提案は、性奴隷として扱うのと変わらないようなものだった。
こんなサド男に嬲られて悦んでしまったなんて、嘘だ。
信じたくない。
「き、きもちく、ない·····っ」
記憶を塗りつぶすようにつぶやく。
声はカスカスで格好がつかなかった。
しばらく沈黙が続いた。
聞こえなかったんだろうか?
そう思い始めた頃。
「ギャハハ!」
耳をつんざくような大笑いが響いた。
「そりゃ面白いや」
「·····へ·····?」
見上げた先で鋭い牙が光る。
ベットが軋んだ。
「じゃあ、試してみよっか」
覆いかぶさっている上半身は押しのけようとしてもビクともしないだろう。
顔の横に手を置かれると反対側へ逃げることも出来なくなる。
反射的に顔の前で交差した両手を、相手はいとも簡単にベットへ押し付けた。
首筋を吐息が撫でた。
尖った歯が当てられる瞬間が、とても苦手なのだ。
「·····っ」
意地なんてはらなければ良かった。
耳元で響くみだらな音に、身をよじる。
精一杯声を殺す。彼は昨日と同じく、優しいキスを繰り返した。
「·····っ·····ん·····っ·····」
少し吸いつかれた所を舐められると、ピリピリした電気が走る。
いつの間にか両手は頭上で押さえつけられてしまう。
「ね、気持ちよくならないんだったら、続きしても良いよね?」
ミチルはギョッと目を見開いた。
赤い舌がそっと近づいてくる。
キスは駄目だ。
耳としっぽが出てしまったら、さっきの言葉は嘘だってバレてしまう。
「だ、め·····っ」
頬に鼻筋が擦れた時だった。
「·····あー、うぜぇ」
ハインツェが吐き捨てるように言う。
扉の開く音がした。
暗がりで白金の髪が光る。持ち主は釈然としない顔でこちらを眺めていた。
きっと彼らは、順番にやってきて療養の邪魔をする計画でも立てているらしい。
「邪魔入ったし、また今度ね」
言うが早いが、ハインツェはさっさと立ち上がり、廊下の向こうへ消えてゆく。
扉の閉まる音が妙に大きく聞こえる。
こうなれば贅沢な食事もベットも要らない。普通に休ませて欲しい。
近づいてくる足音はゆっくりで、まるでこちらを伺っているような気もした。
そっと振り返ると、相手が動きを止める。目を瞑ってまた相手を見ると、さっきより少し近づいているような気がする。
だるまさんがころんだをするつもりは無い。
ミチルはじっとヨハネスを睨みつけた。
彼は何故か嬉しそうに微笑んだ。
涼しい湖が滲むと、美形は直視するのも躊躇うほど眩しかった。
「近くに行ってもいい?」
こっちが拒否できないことを知っているくせに。
無言の承諾をすると、彼は音を立てず目の前の椅子に腰掛けた。
頬を撫でてきた指は、シワひとつ無いシャツと同じくらい白かった。
手のひらが額を覆う。
冷たい体温が心地よくて、ミチルはまた少し眠った。
幼い頃の夢を見た。
小さな離宮で庭をかける自分と、テラスに座った母。
荒れ放題の草花の間を虫が飛び越えてゆき、その後を水滴が追う。
陽は当たっていたのに、なぜか景色の暗い記憶だ。
(お母さま·····)
ふと意識を取り戻した時、酷かったはずの頭痛が収まっていた。
頭を優しく撫でられている。
ミチルは犯人を見上げた。
彼は眠りにつく前と変わらず、すぐ側の椅子に腰掛けていた。
ほっとため息を着いて、白い手が離れてゆく。
少し心細い気がした。
「泣かないで」
「·····?」
目元を拭われて、初めて自分が涙を流していたことを知る。
優しい手つきに戸惑ってしまう。
その結果、この前は弄ばれて、裏切られた気分になったんだ。
そもそも彼に少しでも好意を持った自分が馬鹿だった。
仲良く出来るかもしれないと。
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