8 / 798
一章
7.黄色い月
しおりを挟む彼は、既に把握している上で、対処をしてはくれなかった。
扉が二度ノックされる。
入ってきたのは使用人のジェロンだった。
「顔色が優れないようですが」
彼が言う。
ミチルはいいことを思いついた。
「頭が痛くて、鼻水が出る。目眩もしてきて、身体も熱くて·····」
「···············」
「あ、あと、吐き気もする」
仮病ワザだ。
相手は無言のまま胸ポケットに手を突っ込んだ。
出てきたのは体温計だ。口に突っ込まれ、強制的に熱を図らされる。
「37.5度、獣人間の平均体温内です」
「でも、熱く感じる。寒気もする」
「単なる発情期では?」
獣人には、2ヶ月に一回発情期がある。
発情といっても、性的な欲情とは違う。ここでいう発情期は人肌恋しくなったり、不調だったり、精神的に不安定になる時期のことだ。
フェロモンの安定しないミチルは発情期の症状が特に重かった。
虐げられながらも常に1人で乗り越えてきたのだ。
だから「単なる」という言い回しに腹が立って、むっと口を尖らせる。
「ちがう」
「そうですか。取り敢えず、夕飯は抜きましょう」
全く関心のなさそうな返事に続き、そんなことを言われる。
ミチルはギョッとして相手を見あげた。
「怒ったの?」
「はい?」
嫌な感じだったから、相応に態度を変えただけじゃないか。
ご飯を抜くなど何たる鬼畜。
少しふてぶてしすぎたのだろうか。
そういえば彼も悪魔族だ。
皇宮に仕えているんだから、良家の出に違いない。
地球人の、それも欠損品のおもりをすること自体、既にはらわたが煮えくり返るほど怒れる事なんじゃないだろうか。
申し訳なくなってきてうなだれる。
「嘔吐を防ぐ為です。部屋を共にするのは決定事項ですから、必ずそうしてもらいます」
沈黙のあと、ジェロンは有無を言わせぬように告げた。
仮病も勘づかれてる気がする。
「でも、皇子様にうつったりしたら」
「悪魔族に人間界の病は伝染りません」
ジェロンはテキパキと身支度を指示した。
部屋まで案内すると言って先に歩き出した歩幅は、今までよりゆっくりだ。
逃げないよう、見張っているようだ。
青い瞳はどこまでも無常だった。
途中、吹き抜けの広場に出る。天井を見上げたミチルは言葉を失った。
真上に浮かんでいたのは、濃金色の球体だった。
「あれは、なに?」
「月です」
「綺麗」
よく見ると、ところどころ影がある。
表面にクレーターがあると、なにかの本で見た事がある。
悪魔界は、月にとても近いところにあるのだろうか?
「なんで、黄色いの?月は、本当は黄色かったの?」
「·····魔界を覆うオゾンの影響です。明日は紅、明後日は青い月が登ります」
彼はややあってから答えてくれた。
確かに、月が黄色なわけない。馬鹿だと思われたかもしれない。
「すごい」
ミチルは両目をいっぱいに開いて月を見上げた。
「·····あっ」
思わず、立ち止まっていた。
しかし急かす声は聞こえてこない。
恐る恐るジェロンの方を確認すると、彼は数メートル先から、こっちを見ていた。
「ジェロン?」
長い脚が前に向き直って、再び先を歩き出す。
明日は、紅い月。その次の日は真っ青な月らしい。
見てみたいと思った。
「他の色もあるの?」
返事は来なかった。
彼は無口だ。
話すことが嫌いなのか、嫌われているのか、はたまたどっちもなのかは分からない。
「手前の扉です。私はこれ以上進めないので、1人でお入りください」
ジェロンは変わらず冷ややかな声で言い放った。
ミチルは頷いた。
ここまで来たら踏み出すしかない。
もしかしたら、思っていたよりも痛い思いとか、怖い思いはしないかもしれない。
ミチルは数歩進んでからジェロンを振り返った。
「明日、またおしえて」
不安な気持ちを紛らわすように声をかけたが、彼はやはり沈黙したままだ。
仕方ない。
冷たい廊下を進み、扉の前に立つ。
開ける前にそっと後ろを振り返ると、ジェロンはまだそこに佇んでいた。
こっちが完全に入室するまで監視するらしい。
逃げたりしないから安心して欲しい、と、意志を伝えるために、ミチルは彼に手を振って、とうとう扉の向こうに収まった。
「········································」
小さな影は、何度か不安げにこちらを振り返りながら、最後には手を振って消えた。
日付が変わる二時間前だ。
本当なら、業務は9時までなのに。
「·····変な奴」
ジェロンはボソリと呟いた。
182
お気に入りに追加
2,279
あなたにおすすめの小説


飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる