悪魔皇子達のイケニエ

亜依流.@.@

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一章

7.黄色い月

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彼は、既に把握している上で、対処をしてはくれなかった。
扉が二度ノックされる。
入ってきたのは使用人のジェロンだった。


「顔色が優れないようですが」


彼が言う。
ミチルはいいことを思いついた。


「頭が痛くて、鼻水が出る。目眩もしてきて、身体も熱くて·····」

「···············」

「あ、あと、吐き気もする」


仮病ワザだ。
相手は無言のまま胸ポケットに手を突っ込んだ。
出てきたのは体温計だ。口に突っ込まれ、強制的に熱を図らされる。


「37.5度、獣人間の平均体温内です」

「でも、熱く感じる。寒気もする」

「単なる発情期では?」


獣人には、2ヶ月に一回発情期がある。
発情といっても、性的な欲情とは違う。ここでいう発情期は人肌恋しくなったり、不調だったり、精神的に不安定になる時期のことだ。

フェロモンの安定しないミチルは発情期の症状が特に重かった。
虐げられながらも常に1人で乗り越えてきたのだ。
だから「単なる」という言い回しに腹が立って、むっと口を尖らせる。


「ちがう」

「そうですか。取り敢えず、夕飯は抜きましょう」


全く関心のなさそうな返事に続き、そんなことを言われる。
ミチルはギョッとして相手を見あげた。


「怒ったの?」

「はい?」


嫌な感じだったから、相応に態度を変えただけじゃないか。

ご飯を抜くなど何たる鬼畜。
少しふてぶてしすぎたのだろうか。

そういえば彼も悪魔族だ。
皇宮に仕えているんだから、良家の出に違いない。
地球人の、それも欠損品のおもりをすること自体、既にはらわたが煮えくり返るほど怒れる事なんじゃないだろうか。

申し訳なくなってきてうなだれる。


「嘔吐を防ぐ為です。部屋を共にするのは決定事項ですから、必ずそうしてもらいます」


沈黙のあと、ジェロンは有無を言わせぬように告げた。
仮病も勘づかれてる気がする。


「でも、皇子様にうつったりしたら」

「悪魔族に人間界の病は伝染りません」


ジェロンはテキパキと身支度を指示した。
部屋まで案内すると言って先に歩き出した歩幅は、今までよりゆっくりだ。
逃げないよう、見張っているようだ。
青い瞳はどこまでも無常だった。

途中、吹き抜けの広場に出る。天井を見上げたミチルは言葉を失った。
真上に浮かんでいたのは、濃金色の球体だった。


「あれは、なに?」

「月です」

「綺麗」


よく見ると、ところどころ影がある。
表面にクレーターがあると、なにかの本で見た事がある。
悪魔界は、月にとても近いところにあるのだろうか?


「なんで、黄色いの?月は、本当は黄色かったの?」

「·····魔界を覆うオゾンの影響です。明日は紅、明後日は青い月が登ります」


彼はややあってから答えてくれた。
確かに、月が黄色なわけない。馬鹿だと思われたかもしれない。


「すごい」


ミチルは両目をいっぱいに開いて月を見上げた。


「·····あっ」


思わず、立ち止まっていた。
しかし急かす声は聞こえてこない。
恐る恐るジェロンの方を確認すると、彼は数メートル先から、こっちを見ていた。


「ジェロン?」


長い脚が前に向き直って、再び先を歩き出す。
明日は、紅い月。その次の日は真っ青な月らしい。
見てみたいと思った。


「他の色もあるの?」


返事は来なかった。
彼は無口だ。
話すことが嫌いなのか、嫌われているのか、はたまたどっちもなのかは分からない。


「手前の扉です。私はこれ以上進めないので、1人でお入りください」


ジェロンは変わらず冷ややかな声で言い放った。
ミチルは頷いた。
ここまで来たら踏み出すしかない。
もしかしたら、思っていたよりも痛い思いとか、怖い思いはしないかもしれない。

ミチルは数歩進んでからジェロンを振り返った。


「明日、またおしえて」


不安な気持ちを紛らわすように声をかけたが、彼はやはり沈黙したままだ。
仕方ない。
冷たい廊下を進み、扉の前に立つ。
開ける前にそっと後ろを振り返ると、ジェロンはまだそこに佇んでいた。

こっちが完全に入室するまで監視するらしい。
逃げたりしないから安心して欲しい、と、意志を伝えるために、ミチルは彼に手を振って、とうとう扉の向こうに収まった。









「········································」


小さな影は、何度か不安げにこちらを振り返りながら、最後には手を振って消えた。

日付が変わる二時間前だ。
本当なら、業務は9時までなのに。


「·····変な奴」


ジェロンはボソリと呟いた。
























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