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6.お利口さん
しおりを挟む「想像するとマヌケだな」
後ろででかい声が笑う。
「まあ、地球人の世話の仕方とか知らねーけど·····俺らがもーっと可愛がってあげないとね」
覗き込んできた瞳はいやらしく歪んでいる。
こいつらにとって、自分は伴侶なんかじゃない。それこそ家畜や餌袋や、奴隷と変わらないんだ。
横暴は止まらなかった。
「おい餌袋」
「っ!」
突如髪を引っ張られる。
痛みに負けて、後ろにのけぞる。
こちらを黄金が覗き込んでいた。
「お前の身体は全部俺らのモンだ。分かってんだろうな?」
ミチルは逃げるように目を逸らした。
見開かれた瞳孔が怖い。
「耳出してみろよ、なぁ」
「·····っ」
掴んだ髪の束を揺すられる。
じんわり涙が滲む。ニコニコしながらこっちを眺めていたハインツェが、いいことを思いついたかのようにパチンと指を鳴らした。
「口開けてごらん、ほら、あーん」
「ぁ、ぅ」
「アヴェル、揺すんなって。見えねえじゃん」
髪を掴んでいた手が離れる。
ミチルは精一杯口を開いた。
「んん?ンー·····血の臭いはしないっぽいけどぉ、あ~·····甘い匂いで分っかんねえ·····」
まさか、本当に自分で自分の耳を食べたかどうか疑ってるんだろうか。
溢れ出てきた唾液をひっそり飲み込む。
少し苦しい。
「·····んじゃ、まあ·····先に味見しちゃおっかなぁ·····」
「·····?」
くぐもったつぶやきと共に、彼の顔が傾かれた。
鼻先が擦れ、上唇に吐息を感じる。呆然としていたミチルの身体は、またふわりと宙に浮いた。
「は·····?おい、邪魔すんなよヨハネス」
ハインツェの唸りは無視された。
両脇を掴んだ白い手が、ミチルを壁側の席に座らせる。
ミチルはすぐ隣に腰かけたヨハネスを見上げた。
「うさぎちゃん、お利口さんだね」
彼はとろけるように笑った。
「大丈夫だよ」
囁きにも聞こえる甘い声音だ。こっちだけを見つめる湖は、ハインツェの抗議なんて聞こえていないみたいだった。
「????」
「おいヨハネス!そいつ返せって────」
ハインツェが立ち上がったとき、前扉が開いた。
少し腰の曲がった初老の教師だ。
「·····チッ」
彼は舌打ちを最後に座り直す。
こっちを見ていたアヴェルの視線は、ヨハネスの体躯に遮られた。
約250分。
ミチルは壁とヨハネスに挟まれ、しわがれだお経を右耳から左耳に聞き流していた。
授業の内容は全く頭に入ってこなかった。
帝王学とか、悪魔界の政治状況とか、ナントカカントカ。
法学の暗唱をするくらいなら、か弱い動物をいじめてはいけないとかそういう倫理を学んで欲しい。
なんて抗議は勿論お首にも出せなかった。
「お前、どういうつもりだ?あ?」
教師が出ていったあとは最悪だった。
授業中ずっと苛立っていたハインツェがヨハネスに掴みかかったのだ。
睨み合うふたりのせいで部屋の温度が急降下する。悪魔の兄弟喧嘩なんかに巻き込まれたら命がいくつあっても足りない。
そんなわけで、ミチルは早々に部屋を飛び出したのだった。
息も絶え絶えに廊下を駆け抜け、階段を下る。
早く安全な所へ。それだけを胸に、一心に走り続ける。
自室の扉が見えてきた。
安堵した時だった。
「!」
何者かに口元を塞がれ、突き当たりへ引きずり込まれる。
抵抗しかけると容赦なく壁へ身体を押し付けられた。
「逃げ足だけは早ぇなァ·····ったく、薄情な奴だぜ」
薄暗い視界に映ったのは金の双眼だ。
「なかなか面白ェ餌袋だから、いいこと教えてやるよ」
アヴェルは皮肉げに口を歪めた。
「死にたくなきゃダリアに気に入られることだ。あいつが許可すりゃ、お前の血肉は早いモン勝ちなんだからな」
長い爪が喉元をたどり、鎖骨の辺りでピタリと止まる。
ダリア·····黒髪の皇子だ。
「ああそうだ」と、彼は廊下の向こうを指さした。
「お前、あいつに」
(あいつ?)
思い出したのは、授業が終わるや否や、荒々しく立ち上がったハインツェ。
「今夜はうんと可愛くしといた方が身のためだぜ」
彼はその言葉を最後に、廊下の向こうへ消えていった。
今夜という単語から嫌な予感が広がってゆく。
部屋に戻ると、机上には授業時間と食事時間、その他予定が書かれた紙、そして城の階ごとの見取り図、その下に小さく何か印刷されていた。
ハインツェを先頭に、アヴェル、ヨハネス、ダリアと彼らの名が記されている。
寝所の案内だ。
「!!」
ミチルは発狂を飲み込んだ。
悲しい時、恐怖を感じた時、或いは驚いた時、声を殺すのは幼い頃からの癖になっていた。
「にゃあ」と、情けない鳴き声が混ざるからだ。
口を噤んだまま部屋を右往左往する。
そうだ、ダリアのところに行こう。
困った時があったらいつでも相談に行っていいと言っていた。
歩き出したミチルは、しかし扉の前で立ち止まった。
(この提案をしたのはダリアだ)
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