悪魔皇子達のイケニエ

亜依流.@.@

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一章

5.悪魔達

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───────────


翌日は一睡もできないうちに訪れた。

陽の光がにごって見える。
世話係に促されるまま朝食を済ませ、シャワーを浴び、クローゼットを開ける。服はハーフパンツにシャツのセットがずらりと並び、2段目にスリーパー、3段目に正装のスーツが並んでいた。

体温が高くなると獣化しやすかったり、汗にフェロモンが混じることがある。
それを見越しての衣装らしい。

サイズはピッタリだった。


「ご案内します」


昨日からそばにいる使用人の口調は、相変わらず、丁寧なのがかえって馬鹿にされているように感じるような敬語だ。


「ジェロンさん·····?」


昨日かろうじて教えられた名を呼ぶが、


「ジェロンで構いません。急いでください」


鋭い目の端で睨まれる。ついでに「話しかけるな」と言われたような気がした。

今向かっているのは、悪魔たちが待つ講義室。
比喩表現じゃない。本当に悪魔たちがいるのだ。


「お入りください」


この扉の向こうには、悪魔がいる。
彼らは悪魔界の頂点に君臨する独裁者サタンの息子であり───あろうことか自分の旦那様である。

ではなぜ、その旦那様相手に、ここまで入室を躊躇っているのか?
説明せずともわかるだろう。

深呼吸を繰り返す。
いざ、扉をあげよう、いや、もう一度足踏みして深呼吸を───。


「入らないの」


頭上から聞こえてきた声に心臓が縮みあがる。
振り返ると、目線を合わせるようにかがみこんだ男がいた。


「ニャア」


びっくりして、意図せず欠伸みたいな鳴き声が漏れる。
あんまり綺麗な碧眼に脳みそがフリーズする。扉にぶつかりそうになった後頭部は、白い手に支えられた。

相手は不思議そうに首を傾げ、こっちをじっと見つめてくる。

昨日、扉の隙間から微笑みかけてきた青年。

確か名前は、ヨハネス・ファプラ。
知っているのはそれだけだ。


「にゃあ」


真似るように呟かれる。
首を振ると、大きな手がそっと離れていった。


「入る?入らない?」


足がすくむ。
だめだ。
耳がとび出ないように息を止める。


「入りたくないなら、一緒にサボろうか」

「·····?」


相手はこっちの返答を待つように首をかしげた。
白金のくせ毛がふわりと舞う。キラキラ光る毛先に、彼が悪魔であることを忘れかける。

どちらかと言うと、優しげな美貌は、白羽の生えた天使みたいだ。


「うさぎちゃん、お口、しゃべれないの」


顔を凝視してしまっていた。
助けを求めるように横を見るが、さっきまでいたはずのジェロンの姿がない。


「うさぎちゃん·····」


ゆったりした声が呟く。


「仲良くなったら、喋ってくれる?」


ミチルはハッとしてヨハネスを見上げた。


「どこかに行こうか?どこに行きたい?」


なんだか、変わった青年だ。
ほっといて欲しいのにずっと話しかけてくるし、眼差しもおかしい。
優しくて、しかしじっとりと観察するような視線が全身を撫でるみたいだ。

彼が、再びちょっと屈む。
人差し指の腹が上唇を撫でる。


「··········!」


ミチルは後ろ手にノブをひねった。

躊躇っている暇もなくなり部屋に転がり入る。
もしかしなくても、今、危なく鼻先を喰われるところだったかもしれない。


「あ!奴隷ちゃ~ん·····と·····ヨハネス?」


教室には、机の上に足を投げ出して着席しているハインツェ、その前列には何かを頬張っているアヴェルがいた。
治安が悪すぎる。


「うさぎちゃん」

「ひぃぃい」


すぐ後ろから聞こえてきた声は、さっき、まさに自分を食おうとしていた奴のものだ。
とにかく彼からは逃げないと。おぼつかない足取りで数歩進むと、突如二の腕を掴まれ、足が地面から離れた。


「あは、つっかまーえた」


ミチルはハインツェの片手に易々と持ち上げられ、膝の上に乗っけられた。

口元から牙が覗く。
噛み付かれたら肉がちぎれるのは、確認するまでもない鋭さだ。


「チルチル、ヨハネスと仲良しになった感じ?」


唐突に変な愛称で呼ばれるが、なった覚えはない。
ぶんぶん首を振る。
彼は軽快に笑いだした。


「ギャハハ!ヨハネス嫌われてんじゃん」


大口を開けると、牙は更に長い。
ミチルはまた息を止めた。
視線の端のヨハネスは呆然とこっちを眺めていた。


「つーかよォ、コイツの耳はどこ行ったんだ?昨日生えてた、美味そうなやつ」


前の席にいた褐色の男がこっちへ身を乗り出してくる。
後頭部で、ガリッ、と、何かを噛む音がした。にもかかわらず腹の虫が鳴る音がする。

やっぱり、絶対に獣化は防がなければ。


「ん~、しっぽないねえ。自分で食べちゃったとか?」

「んなことあるか?」

「寂しくって食べちゃったのかも。自傷行為?っつーの?」


人間界の本で読んだことあんだよねと、ライムグリーンの目が全く適当に間違ったことを言う。
そんなわけあるか。
口をきけない赤ん坊やペットの気持ちがわかった気がする。









    
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