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一章
1.一人きりの結婚式
しおりを挟む森を抜けると、一面にグレーの建物が並んでいた。
帝都を観光した時に見たのよりずっと立派で冷たい街並みだ。振動していた馬車は滑らかな走り心地になって、時折心地よく揺れた。
コートに身を包んだ住人が足早に道を進んでゆく。
皆同じような背格好で、ただ直進している。
街から人気の少ない郊外へ、郊外を抜けるとまた森の中へ。
鬱蒼とした木々が、馬車の中を覗き込むみたいにして通り過ぎてゆく。
「到着致しました」
まもなくして馬車が止まった。
扉が開かれる。
背の高い従者だ。差し伸べられた手には黒い手袋がはめられ、指は恐ろしいほど長細い。
掴むのを躊躇っていたら、相手はさっさと背を向けて歩き出した。
「·····」
高原の中央に城がそびえ立っている。
御伽噺の魔女が住んでいそうだが、ここにいるのは、もっと恐ろしい化け物達だ。
「着いてきてください」
かろうじて使われている敬語に返事をし、ミチルは鋼の門をくぐった。
現世には人間界と悪魔界、二つの世が存在する。
人間界──またの名を地球。
緑と水に恵まれたこの地には、大きく分けて半獣人、半魚人、人間の3つの種族が暮らしている。
悪魔界は大悪魔サタンの息子達が収める天界。
階級によって成り立ち、悪魔の血が濃いほど高位とされる。彼らは人間界の歴史が作られる遥か昔から存命していた。
かつて二つは、長い間対立関係にあった。
悪魔が地球人の血肉を好み、地球人は悪魔の不老不死を欲したためだ。
数千年にわたって続いた戦争は、悪魔による地球人の虐殺と変わりなかった。
長い戦いの末、人間界は降伏を宣言。
そして魔界族の条件を呑んだ。
"地球人は悪魔族に年貢を納めることとする。毎年農作物の3割を讓渡し、事件・事故・寿命・病により命尽きた身体を譲渡する。更に国民から継続的に血を採取し讓渡する。これを永久法とする。"
そして条約永劫を意味するため、百年に一度、人間界から花嫁(イケニエ)を送る───と。
床、壁、天井まで全て大理石で造られている。
大きな扉を五つ超えると、廊下の最奥にたどり着いた。
一際広い扉だ。前を歩いていた使者はそれを2度ノックして、初めてこっちを振り返った。
「お入りください」
遠くから聞こえていた音楽が開扉とともに溢れ出す。
「·····?」
「相手」がいない。
「殿下方は多忙により、略式で行います」
使者が横から告げた。
長い手が先を促す。この先は1人らしい。
「新婦の入場です」
ミチルは赤薔薇の散らされた道を進んだ。
観客は誰もいない。
踏みにじられると黒く染る花びらが、砂葛へ変わってゆく。
祭壇の上に針と指輪があった。
──ガサリ。
頭上から物音がした。
「ハズレかな~」
気のせいだと思いたかった。
が、違う。
彼らだ。
"お前が役に立つ唯一の機会を与えてやる。何があっても婚姻を成立させろ。"
伸びてくる影を見ないように俯く。
教えられたとおり薬指にリングをはめる。指先は酷く震えていて、針を刺すのに少し手間取った。
「俺は·····アタリ」
「はぁ??お前趣味悪──·····」
大皿に垂らされた血が広がってゆく。
ブンブンと傷口が脈打つ。
「·····なんだ、この匂いは·····?」
訝しげな声が言う。
感じるのは数人の気配だ。
婚姻は成立した。
あとは俯いたまま部屋を出て、そっと扉を閉めよう。
ミチルは素早く踵を返した。
「ばあ」
視界に、物体が入り込んできた。
美しいライムグリーンの瞳を持った生首だ。
それは鼻先がくっつきそうなほど近づいてきて、薄い唇にすいと弧を描く。
「こんにちはお嫁さん」
ミチルは今度こそ立ち止まり──後ろへ卒倒した。
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