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第一章
《プロローグ》&《第1話》
しおりを挟む《プロローグ》
「·····っやめろ!」
パシン、と軽快な音が部室に響いた。
手のひらに熱が広がる。
目の前の後輩は横を向いて俯いたまま、ビクともしない。
冷たい部室に、冷たい静寂。
姫宮ははっとした。
手元の熱から感じる罪悪感のおかげで、高ぶった感情は直ぐ冷めてゆく。
「·····更衣月、」
悪い、と声をかけるも、相手から返答はない。高い花は横を向き、口元は無感情なままだ。
そっと頬へと手を伸ばす。
指先が触れそうになった時、黒髪の間から、後輩の眼が覗いた。
まるで、肉食獣のようにギラついた目つきだ。
そう、思ったのは一瞬の隙。
思わず怯んだ手首を捕まえられ、ロッカーに押さえつけられる。
こんなことになるなんて、数分前までは予想すらしていなかった。
《第1話》
「姫宮先輩、シュート教えてください!」
その日の部活動が終わると、部室はある人物を中心に賑わう。
「部長、私スポドリ作ってみたんです!あの、良かったら·····」
「姫宮センパイ~俺テーピング出来ねーっすまじ出来ないっすおねしゃす!」
「先輩!1on1して欲しいです」
人集りの渦中にいるのは、バスケ部部長・姫宮みずき。
練習後、何かしらの口実を作って部員たちの間で彼の取り合いになるのは、最早バスケ部では毎回の恒例行事となっていた。
「荒井、川谷にシュート教えてやってくれ。小山サンキュ!貰っとくな、···久我、テーピングくらい自分でできるようにしろっていつも言ってるだろ···出来ないならマネージャーに頼め、長浜はさっき足ひねったんだから今日はもうやめとけ!一応見てやるからこっちこい」
一人一人を手際よくさばいてゆく姫宮の言葉も虚しい。
姫宮先輩じゃないならやっぱシュートは今度でいいだの、マネージャーのテーピングは下手くそだから嫌だの足ひねってラッキーだの、部員たちのざわめきは収まることを知らない。
そんな人集りの横を、興味なさげに通り過ぎて行く者がいた。
背の高い部員の中でも、頭1つ分デカい部員だ。
彼は既に制服へ着替え終わり、部室を出ていこうとする所だった。
姫宮が彼に目を止める。
そして、思い出したように名前を呼んだ。
「更衣月!」
鋭い目の端が姫宮をとらえる。
更衣月斗真。
素行の悪さで有名な2学年の問題児だ。
アリーナが一度静まり返る。
「ほら、あとの奴らは用が済んだら早く帰れ」
姫宮が手を鳴らすと、他の部員は何事も無かったかのようにわらわらと移動し始めた。
「更衣月、お前」
ズカズカと更衣月の方へ近づいていった姫宮は、そのままの勢いで自分よりでかい後頭部を叩く。
「っで!なにすん···」
「何すんだじゃねーよアホ!お前今日も部活遅れてきたろ」
反抗は、叱り付ける声に一蹴された。
更衣月の頭をはたく。
他の人間がやればタダでは済まないであろう言動だ。周りの人間は毎回ヒヤヒヤしているのだが、姫宮はこれを当たり前のようにやってのける。
「今月あと2回無断遅刻したら次の試合は出さない。分かってるな?ったく···勉強はできんのに学ばないやつ」
こっちだって毎回言うのもめんどいし出来れば試合に出したいんだから、とくどくど説教を始める姫宮。
人相の悪い目つきは、じっと彼を見ていた。
「なんだよ」
姫宮がむっとしたように口をとがらせ、返事を促す。
更衣月は無愛想なまま「っス」とだけ返した。
態度の割に素直な返事だ。
ため息をついた姫宮は、ふいに「そうだ!」と声を上げた。
「じゃあ、1ヶ月遅刻なしだったらご褒美やる」
やはり更衣月は表情1つ変えず、次は返事を促される前に「っス」と、素っ気ない返事をした。
「よし」
んじゃもう帰っていいぞと、説教はあっけなく終わる。
デカい後輩が離れたのを見届けて、2、3人の部員が姫宮に近づいた。
「姫宮先輩、大丈夫っすか」
「?なにが」
姫宮の返答に、部員たちは驚いたように顔を見合わせる。
「更衣月絢斗真っすよ。ヤクザと絡みあるって」
「てかあいつの家がそっち系らしいぜ」
「今市なんか帰りに機嫌悪い更衣月と鉢合わせて面識もないのにボッコボコにされたらしい」
好き勝手に噂話を始めた後輩たちは、そういう事だから先輩あんま関わらない方がいいですよ、と話をまとめた。
「お前らさ…」
根も葉もない話だ。呆れる姫宮だが、彼らの眼差しは真剣そのものである。
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