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〖第三十二話〗

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「·····行けません」


ネロは首を振った。


「あまり興味がありませんか?」


だったら別の所へ行こうとさわやかな笑みを浮かべるステファン。

ネロは戸惑っていた。

それが駄目なら他の場所へ行こうなんて、どんな理由があって口にしているのだろう。

きっと、紳士な彼の厚意に違いない。
あたたかな気遣いが嬉しいのと同時に、応えられない自分がもどかしかった。


「ここから出ちゃ駄目なんです」

「イヴァンがそんな命令を?」


ステファンは残念そうに眉を下げた。


(命令·····)


命令、という言葉に、初めてあれは命令だったのだと知る。

命令というより、約束に近かかったように思っていた。

思い違いも良い所だ。思い知らされたような気さえして、ネロは人知れず惨めな気分になった。


「可哀想に」


ステファンの手のひらが、ネロの髪を梳く。


(可哀想·····)


彼が以前にもネロへ投げかけた言葉だ。

門の向こう側へ出ることは許されない。
ならば一生この城から出ることが出来ないのかもしれない。

けれど、別にそれを嫌だとは思わなかった。


「俺が連れ出してあげようか?」


ふと、近くで囁き声がした。

ネロは驚いて彼を振り返る。

こちらに身を乗り出したステファンは、上品な口許にそっと弧を描いた。

アッシュブルーの瞳が、影の中で妖しく揺らめいている。
感じたのは、本能的な恐怖心だった。


「──勿論、イヴァンに許可をもらってからだけれど」


冗談っぽく笑った美しい男に、ネロは曖昧にはにかんでみせた。

時折彼から感じる影のある雰囲気が、ネロは気になって仕方がなかった。


「ぼくは、外に出れなくてもいいです」






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