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〖第二十二話〗

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彼を思い出すと、胸がくすぐったくて仕方がない。

誤魔化すように、息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。

早速外に出かけようとしたネロを、セシルが呼び止めた。


「くれぐれも、この屋敷から逃げ出そうなんてことは考えないように」


冷ややかな視線に、ネロは首を傾げる。


「逃げようとなんて、しません···」


「そうですか。どちらにせよ不可能ですが」


取り付く島もないほど冷たい声音だ。温度があるとするなら、氷点下を切るだろう。


「行く所なんてどこにもありません」


ネロは胸元を押さえつけた。

両親は物心着く頃には他界している。育ててくれた叔父夫婦は、使い物にならない自分をオークションに売り飛ばした。

行き場のない自分を拾ってくれたのが、イヴァンだった。


「自分の言葉をお忘れないように」


抑揚のない声に頷いて、ネロは部屋を後にした。



廊下を進み、閉まった扉を振り返る。

蔑むような碧眼が、まぶたの奥に張り付いて離れない。

いつか、セシルに信用してもらえる日が来るだろうか。想像さえできない日のことを考えながら、ネロは駆け足になった。


(今日は、ディックさんもいないんだ)


ネロはディックが好きだった。

彼はネロを鎖から解放してくれたり、服をプレゼントしてくれたり、はたまた屋敷を案内してくれたりと、世話を焼いてくれたからだ。

何より、今までネロにあれほど優しく笑いかけた男は、ディックが初めてだった。

気づけば、昨日来た書斎の前まで辿り着いていた。

重たい扉を開ける。昨日と同様、高い天井までびっしりと埋まった本の列があった。

そろりそろりと部屋に入り、一冊の本を手に取る。

ページをめくる手は、直ぐに止まった。

文字は、これっぽっちも読めない。

諦めてそれを本棚に戻そうとした時だった。

ガタン、と、物音が響く。

ネロは本を握りしめ、飛び上がった。

下の書斎からだ。

階段から部屋を覗き込む。


「あ」


上品なミルクティー色の髪に、すらりとした長身の後ろ姿。

庭で出会った王子様がいた。

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