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〖第十七話〗

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ネロはギュッと瞼を閉じた。

予想した惨事はやってこなかった。

恐る恐る目を開く。先程と変わらない景色のまま、身体は前のめりな格好で静止していた。


「わっ」


腹に圧力がかかる後ろに引き寄せられ、バランスを崩した身体は、何者かに支えられた。


「お怪我はありませんか?」


すぐ後ろで、柔らかい声が聞こえた。
勢いよく振り返る。

ネロは、一瞬呼吸を忘れた。

視線が絡み合ったのは、透き通った湖のような瞳だ。少し見開かれた瞳孔は、知的なブラックブルーをしている。

ミルクティー色の髪が風になびく。背の高い身体は、白のコートがとてもよく似合っていた。

おとぎ話の王子様のような男だ。
ネロは瞬きを忘れ固まっていた。

切れ長の目が、柵の向こうの白花を見やる。

男は、あの花は危ないよ、と、囁いた。


「小さな棘が沢山ありますから」


彼の視線を辿り、花を眺める。

真っ白な花はまるで無害そうにひっそりと、美しく咲いている。


「あんなに綺麗なのに」



ネロの手をとっていた青年の指が、するりと動く。ネロははっとして相手を見上げた。


「時に棘のない純白は、罪に値します」


彼はネロの前で跪く。
手の甲に、触れるだけのキスを落とされた。

ネロは呆気に取られてから、手を引っ込めた。


「だれ?」


気後れしそうなほど美しい男だ。屋敷の中で初めて見る顔だった。

上品な口元が弧を描く。


「シェルスピア国第二王子、ステファン・クルーダ=シェルスピアです。…以後お見知りおきを、麗しいプリンセス」


数泊置いてから、ネロはぎょっとした。


王子のようだとは思ったが、まさか本物の王子様だったとは。


(王子様が、何でここに?)


「良ければあなたの名前を····───」


「·····ネロ?」


低い声がネロの名を呼んだ。

アーチの向こうに、朝ぶりのイヴァンがいた。

ネロは、思い出したように手の平を見下ろす。

深紅の薔薇はしっかりと握りしめられていた。ネロはステファンの存在を忘れ、イヴァンに駆け寄った。


「お前、ここで何を···」


「イヴァン様!これ、」


弾んだ息を繰り返しつつ、薔薇を差し出す。


「これ、あの····凄く綺麗だから、イヴァン様にと思って····」


ネロはあることに気がつく。

冷静になって考えてみれば、そもそもこの庭はイヴァンの物だ。

ならばこの薔薇も見慣れているだろう。彼にとってはなんら珍しいものでは無い。


(むしろ、勝手に摘んできたことを、怒られるかも)

ネロの顔が青ざめる。

「逃げようとしたんじゃ無いのか?」


「·····?」




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