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【96】魔法
しおりを挟む「あ?」
威圧的なそれは、心做しか少し容赦されている気がした。
「そうじゃねぇだろ?」
冷たい声が夜の空気を震わせる。
いつも通りのユランだ。
けれど、何だかとても静かで、穏やかに近い声音だった。
それがとても不思議で、千秋は呆然と彼を見上げた。
「俺にここまで手間掛けさせやがって···どう詫びるつもりだ?」
(僕のせい?)
都合よく考えずにいられない。
そんなわけが無い。現に彼は、約束をすっぽかした最低男なのだ。
騙されるもんか。
そう思うのに────。
「だって、待っても来ないから···!約束したのに、酷·····っ」
しょっぱい涙を飲み込む。
「なら、来るまで待ってろよ」
どこまでも理不尽な理論に、千秋は開いた口が塞がらなかった。
「酷いだって?」
赤がこちらを捕える。
どの色も褪せる程鮮明な、深紅だった。
「勘違いすんなよ。お前は俺だけの物だ···いつでも俺の事だけを考えて生きれば良いんだよ」
なんて横暴で、自己中心的な男なんだろう。
千秋は瞬きを忘れた。
「俺以外の前で泣くな」
こんなのは生理現象だ。
泣きたくなったら泣いてしまうし、そもそもこれはユランのせいだと言うのに。
あまりの暴君ぶりに、気付けば涙は引っ込んでいた。
不意に腰へ手を添えられ、片手を取られる。
「えっ」
周りを見ると、カップル達が手を取り合い、各々向き合って微笑んでいた。
段々と大きくなった舞踏曲にリズムを合わせ、何組かが緩やかなステップを踏み出す。
「えっ·····え?」
「泣き跡、目立つだろ」
合わせろとユランが言う。
風が吹くと、目の周りが少し傷む。きっと腫れて、赤くなっている。
「お、踊ったことなんて」
しかし、ユランはお構い無しにこちらの手を引っ張ってくる。
「わぁっ」
前のめりになり、抱きとめられる。
「俺が出した方の足を後ろ、引いた方を前に出せ。後は感覚でどうにかなる」
適当な説明と共に一回転させられた。
すぐにまた向き合うので、言われたとおり脚を動かしてみる。
つま先立ちは初めこそぎこちなかったものの、すぐに慣れて、音楽とステップが合わさる。
足は魔法の様にダンスを踊っていた。
柔らかな雲の上を滑るような感覚だった。
ロマンティックな曲想が心地よい。
周りの人々が視界に映らなくなる。
千秋は恐る恐るユランを覗き見た。
いつもは下げられている前髪が、片側だけ後ろへ撫で付けられている。
とても格好良いなんて、乙女みたいな感想が浮かぶ。悔しいけど、こんな顔立ちだから仕方ないだろう。
ふと、彼の視線と瞳が絡まる。
「あっ」
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