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【94話】本物

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乏しい語彙力をフル起動する。
この金色がこんなに綺麗に見えるのは、ただ単に色が同じだからでは無い。

なんだか恥ずかしいことを言ってしまった気もする。千秋は「だから、あの」と言葉を濁した。


「あの···大事にします。ありがとうございま···」


見上げた先に高い鼻筋があった。
1秒後、通り過ぎてゆく通行人など気にもしないように、今日何度目かの口付けをされていた。

恍惚と光る金があった。
街中に売っているバルーンとは比にならないほど綺麗だ。


「···バルーンなんか、あげるんじゃなかったな」


胸が締め付けられるような輝きが、目の前でそっと細められる。
おもむろに呟かれたのは、何かの糸がほどけたような、目を覚ましたばかりのような音だった。



「本物も、千秋にあげるよ」



表情は、祭りの逆光で確認することは出来ない。


「ウィルさん·····?」


ウィルはそっと千秋を抱きしめた。
胸の中のわだかまりが、散るようにして崩れ落ちてゆく。

気付かないようにしていた想いが暴かれてゆく。
計画の全ては、たった今ガラクタへと変わっていった。

細い肩だ。
殺してしまおうと思えば直ぐにそうすることが出来たのに───本当はずっと、彼を腕の中に閉じ込めたいと思っていた。


「ウィルさん···もう···」


人通りの耐えぬ道の端だが、ウィルはこちらを抱きしめたまま動かない。
千秋は酷く戸惑った。


「見られちゃう···」

「もう少しだけ···」


千秋の声はしりすぼみに消える。
昼と同じセリフは、あの時とは全く別の言葉のように聞こえた。



























───────────────







千秋は、先をゆくウィルの後ろ姿をぼうっと見上げていた。

頼りげのある背中に、学生服のローブがなびく。
金に近い白髪を眺めながら、脳裏には記憶の中のユランが何度もチラついた。

消そうと意識すればするほど、彼の面影は頭のなかを独占するばかりだ。

せっかくの外出なんだから、ユランのことなんて忘れてしまおう。
自分を大切に思ってくれているウィルと──そう思ったのに、なぜこんなにも惨めな思いをしなければいけないんだろう。

鼻の先がツンと痛む。
慌てて俯いた。


「千秋?」


ウィルが振り返る。
咄嗟に背中にまわる。いま、顔を見られたくなかった。


「大丈夫?どこか具合悪い?」


彼はこちらの異変に気がついたようだ。
首を振るが、手を掴んだ相手は、帰ろうと言う。

嫌だ。
帰ったら、きっと、もっと辛くなってしまう。
まだここにいたい。













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