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【44話】瞳
しおりを挟む「あれ、子猫ちゃ~·····ん?」
軽薄そうにつり上がったレオンの口元だが、千秋と目が合うと、その語尾は疑問形に変わった。
「·····っ」
彼を押しのけるようにして寮室を出る。
長く薄暗い廊下を走り、人気の無い方へ。ホコリの溜まった最上階まで階段を駈けのぼると、千秋はとうとうその場にしゃがみこんだ。
「もう少しだったのにな」
1人になった部屋で、ウィルは浅くため息をついた。
未だ残っている千秋の香りが鼻腔に甘い。
頬を赤らめ狼狽えていた様子を思い出し、唇はそっとほくそ笑まれる。
愚かな奴だ。
今回は失敗したが、あの様子なら次は確実だろう。
紅茶に特殊な媚薬を盛った。
効果は予想以上だったようだ。
欲情しグズグズに濡れた下半身から、芳しい香りがただよってきた。ユランの物だろうが、この自分に欲情していたのが間違いないと知ると、気分は悪くなかった。
1度は排除することも考えたが、自分のものになれば、嬲り生かすのも良いかもしれない。
怪しげにつり上がっていた口角は、しかし甦った千秋の言葉に、ふと笑みを閉ざす。
"ウィルさんの眼も·····──"
「·····」
鏡に映った自分の瞳。
金色の中に、ヴァンパイアの証が蠢いている。
どんなに繕っても修正はきかない色。真っ赤な瞳に敗北している象徴だ。
侮辱的な発言だった。
だというのに、その言葉が耳から離れない。
嘘偽りのない瞳が、縋るようにこちらを見つめていた。
ウィルは舌打ちを落とした。
今更あのニンゲンは、精々この自分を思いながら1人身体を慰めている頃だろうか。
「ウィル~」
廊下の向こうから名を呼ばれた。
廊下に立っていたのは、だらしなく制服を着崩したレオンだ。
「逃げられたんだ?(笑)」
「逃がしたんだよ」
言い換えてみせたウィルに、レオンはわざとらしく肩を竦めた。
「珍しいこともあるもんだね」
どうやら、千秋と鉢合わせたレオンは、真相を確かめるためにやってきたようだ。
退屈を持て余すこの男は、他人のゴシップが大好きだ。下劣なものであればあるほど傍観が楽しいのだろう。
くだらない冷やかしに付き合っているのも時間の無駄だ。
ウィルはさっさと扉を閉めようとした。
「人が欲しがってるものって、やたら良く見えるよねぇ」
独り言のようなレオンの言葉に、ウィルはピタリと立ち止まる。
「なんてね」
ふざけた笑みから、それがただの冗談かどうかは読み取れない。
不穏な笑みを最後に、場は沈黙を迎えた。
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