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【41話】完璧な
しおりを挟むウィルは扉の前に立ったままの千秋にソファをすすめ、奥の廊下へ消えてしまった。
しばらくして爽やかな香りが漂ってくる。
彼は二人分のマグカップを持って戻ってきた。
「ありがとうございます」
すぐ隣に腰掛けたウィルの距離は、三人掛けのソファにしては近いような気がした。
千秋はぶんぶんと首を振った。
勘違いも甚だしい。火照りかけた顔を、マグカップの湯気で誤魔化す。
ふと、香りが強くなった。
赤茶色の透明な液体が、部屋の明かりでまろやかに光っている。
1口含んでみる。
爽やかな香気が鼻から通り抜けていった。
「おいしい」
優しく上品な紅茶は、ウィルの印象とどこか似ている。
「ウィルさんみたいな味がする」
それを聞いたウィルが、くいと眉を上げてみせた。
俺のこと食べた事あるの?と言って、またくくっと笑う。
千秋の顔がカッと熱くなった。
思ったことをすぐ口に出すのはやめようと思う。
「な、ないけど·····」
ウィルの笑顔を見ると、心のささくれが取れていくみたいだ。
やっぱり、紅茶を飲んだ時のほっとする感覚に似ている。
「食べてみる?」
目の前に美形が飛び込んでくる。
千秋は慌てて顔を背けた。
「可愛いね」
「ひゃん」
反対方向を向いた千秋の首筋に、軽い弾力が加わる。
なんと、キスされた。
千秋は情けない声を漏らしてしまった。
心臓をバクバクさせながらウィルを振り返る。
こんなスキンシップは、特別な間柄でなければ不自然では無いのだろうか。それともこの世界ではこれが普通なのだろうか。
取り留めもない思考に陥る。
そうして視線をやった先で、丁度紅茶を飲み込んだ彼の喉元が、大きく上下した。
なぜかいけないところを見てしまったような背徳感を抱き、千秋は再び、慌てふためいて視線を逸らした。
何をしても格好良くて様になるんだ。
きっと、自分みたいに弱者として虐げられたり、他人の評価に怯えたりしたことは無いだろう。
まして、人気者の彼は、1人で心細いと思うことだって無縁だろうか。
自分と正反対の彼に憧れる一方で、なんだか程遠い存在に寂しさを感じる。
「ウィルさんは完璧な人ですよね」
「·····」
カップの中身を見つめたまま、ここへ来てからのことを走馬灯のように思い出していた。
人権もクソもあったものではない。
いつでも命を脅かされ、気まぐれに虐げられた。
そんな時、初めて自分の話を真剣に聞いてくれたのも、気遣ってくれたのも、ウィルが初めてだった。
"家畜なんかとキスできるかよ"
嫌な顔一つせず優しい口付けをくれた。
元の場所でも、彼ほど優しく頼りに感じたことのある者はいなかった。
「·····俺は、完璧なんかじゃないよ」
仕方なさそうに微笑む表情に、千秋は胸の奥が苦しくなる。
どうして寂しげな顔をするんだろう。
「ウィルさんは、俺が知り合った中で、断トツでかっこいいし、その······」
そんな顔はしないで欲しい。
自分はウィルの存在に救われた。千秋はそれを伝えたくて、何か良い言葉はないかと口を動かした。
「ありがとう」
「あ·····」
カップの水面を映す黄金が、ゆらゆらと揺れている。
「ウィルさんの眼も、す·····───」
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