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【32話】ご機嫌
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薬草学の授業中、終始にこにこしする千秋は、いつになくご機嫌だ。
ジュリオは隣の彼を眺めながら、ふっとため息をついた。
どうやら昨日は、ユランに酷く虐められることは無かったようだ。
ずっと心配していた。
「ご機嫌だね」
「うん!実はね·····」
逃亡について話そうとした千秋は、はたと思い留まった。
ジュリオにはぜひ話したいが、そしたら思わぬ所で彼を巻き込んでしまうかもしれない。
浮かび上がった可能性に言葉を飲み込み、千秋はやっぱりなんでもないと首を振った。
「そういえば」
ジュリオが、持っていた教科書の中から数冊を手渡してくる。
「届いてた教科書、近いうちに使いそうなものだけ」
今から使う薬草学の教科書を1番上にし、ジュリオは更にページまで開いてくれた。気の利く対応に感動しながら、ありがとうと礼を言う。
そんな2人の様子を、少し離れた席から眺めてる者がいた。
何やら嬉しそうにジュリオへ話しかけている千秋に、ユランは眉をひそめる。
今朝は自分を見るや否やそそくさと逃げたくせに、他の奴には笑顔で接している。
それもよりによって、穢れた奇種ヴァンパイアにだ。
気に入らない。
授業が終わると、ユランは廊下へ出た千秋を呼び止めた。
立ち止まった千秋がおずおずとこちらを見上げる。
それがジュリオといた時の楽しそうな様子とは対照的で、更に苛立ちが募る。
千秋は自分に酷く脅えているようだった。
初めの頃はその様子が面白おかしかった筈なのに、今は何故か、とても気分が悪い。
「吸わせろよ」
「でも·····」
言いながら、冷たい指が首に伸びてくる。
初めからこちらの返答など必要としていないようだが、吸血には限界がある。
ただでさえ身体がだるいのに、これ以上血を抜かれたら死んでしまうかもしれない。
命の危険さえ感じて、千秋は咄嗟に声を上げた。
「そうだ·····く、口からじゃダメですか?」
「は?」
ウィルにキスされた頃、唾液だけで活力が上がると言われたことを思い出す。
吸血には劣るとしても、唾液のみで十分にエネルギーが摂取できることはユランも知っているはずだ。
とっさのアイディアを口にしてから、千秋は提案したそれがキスと同じ行為であることに気が付く。
「あ、えっと、変な意味じゃなくて···」
「·····」
ユランは何も言わない。
千秋はとうとう俯いた。
だからこの時千秋は、ユランがどんな表情をしていたか確かめることは出来なかった。
頭上で彼がふっと笑みを零す気配がした。
おかしな動悸に、ぎゅっと瞼を閉じる。
ユランがもし自分の提案を飲むというのなら、この唇は彼に塞がれる。
思い浮かべただけで、頬に熱が集まった。
「家畜なんかとキスできるかよ」
心底軽蔑するような笑みで、彼はそう言い放った。
1秒後、言葉の意味を理解した千秋は、心が凍りつくような気分に戸惑った。
彼の罵りや、酷い扱いには慣れたつもりでいた。
返答を待たず、首筋に牙が突き立てられる。
みぞおちの当たりが、破られた皮よりもキリキリと痛む。
千秋はそこに拳を押し付けた。
そうしなければ自力で立っていられなくなりそうな程、何故か胸の奥が痛んだ。
程なくして、牙はあっさりと離された。
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