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【3話】誰?
しおりを挟むギィィ─────。
寂れた扉の開く音がした。
足音と、気配のみが近づいて来る。
正体を確認することは出来なかった。
「だ、誰·····?」
心臓が、バクバクと悲鳴をあげる。
「誰か、いるんでしょ?後ろに·····」
逃げようと体を揺らすも、椅子はビクともしない。
「よく話すな·····黙れないのか?」
1度聞けば忘れられないような低い声。
先程馬車に乗っていた男のものだ。
千秋は暗闇の中で首を振った。
「お、お願いしま····──かはっ!」
背後から首を締め付けられる。
触れた手は氷のように冷たかった。
「聞こえなかったか?」
千秋は咳き込むのを耐え、唇を結ぶ。
この手は、いつでも自分の命を奪うことができるのだ。
夢ではない。
こんなに生々しい冷たさを誤魔化すことは出来ない。
「へぇ····身体、熱もってるんだな」
相手は興味深そうに言った。
それがサイコパスな愉快犯を思わせた。
角張った手が、首筋から鎖骨、そしてシャツのボタンを外すこと無く、破きながら胸元へと降りてゆく。
とても長い指だ。
普通の人間より、身体自体大きいように思う。
街にいた人達も、身長が2m近くありそうだった。
彼は───否、彼らは何者だ?
「甘い匂いだ」
感情があるようで全く無い、どこまでも機械的な声色が囁く。
千秋は身震いした。
「ここ、どこ?あなたは·····」
ふと首元に吐息を感じる。
湿った感触と共に、固く尖ったものが、首筋へ当てられた。
「あ」と思った頃、それは肌に突き刺されていた。
「···────!!」
首筋に焼けるような痛みが走る。
牙を立てられたのを理解すると同時に、密着した唇に血を啜られた。
「ひぃ"·····っ」
「っは·····甘いな」
一度離された唇から、神経を逆撫でするほどなまめかしい声が零れる。
繰り返される濁吸音に混じって、鉄の臭いが鼻を掠める。
吸血されている。
「ぃ·····や、·····」
まるで強力な麻酔を打ち込まれたように、身体には力が入らない。
「·····これ以上はまずいか」
牙が抜ける瞬間は、全身の毛穴が開くような不快感だった。
千秋は無意識に裏返った声を零す。
休む間もなく、開いた口元に指を押し込まれた。
それは、喉奥まで入り込んできて、直ぐに引き抜かれていった
「唾液は微精力だな」
「·····っ····ケホッ!」
噎せると、首筋にじんじんとやけるような痛みを感じた。
「次は肉の具合い·····──ん?」
独り言のように呟いていた男の声が一度閉ざされる。
「怖いのか?」
そう聞いてきた声は、酷く楽し気だった。
「家畜のくせに言葉も通じるし感情も分かるんだから、すげぇよな」
長い足が屈められる。
こちらを見下ろしたのは、美の神経を鋭く研ぎ澄ましたような男だった。
「感情によっても、味が変わるらしいけど·····」
千秋はついに涙を流した。
殺される。
それも、痛みの中で、遊ぶように殺されるのだ。
伸びてきた腕はピタリと動きを止めた。
「··········は?」
「お、願っ·····もう、やめて·····」
1泊置いてから、くつくつと抑え込むような声が聞こえてきた。
今度はなんなのだ。
肩を震わせて泣き出したのかと思ったら、やがて相手は大声を上げて笑いだした。
「成程、賢明な奴だ。確かに泣き顔は····悪くねぇ」
そっと蛇のように長く赤い舌が覗いた。
人間ではないと、さすがに理解することが出来た。
「気が変わった·····───お前、俺のペットにしてやるよ」
「ペッ·····ト?」
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