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《309》他人の物
しおりを挟む身体が熱い。
意識のある彼とキスをした。
こっちを翻弄してきた舌。
そして、力強い腕。引き寄せられたところがじんじんと熱くて、へんになってしまいそうだ。
(あのまま·····)
あのまま、逃げずにいたら、どうなったんだろう。
自分からもう一度口付けしていたら。或いは、寝室へ誘ったら。
イアードにとって、それは「作業」と同等だろう。
そんなに走ったわでもないのに、息が苦しい。
「あっ」
足がもつれて、前へ倒れ込む。
目を閉じたノワは、つきあたりから姿を現した人物に抱きとめられた。
「お怪我はありませんか?」
硬い腕にハッとする。
「晩餐は、予定よりも随分早く済んだようで····」
立っていたのはロイドだった。
恐らく別室で待機していて、迎えに来てくれたのだろう。
三白眼が、星を映して輝いて見える。
変わったのは、イアードだけじゃない。
自分を取り巻く全ての環境が、新しく動き出している。
「お部屋までお供します」
ノワはそっと頷いた。
寂しい夜の匂いには、気が付かないふりをした。
「··········」
逃げていく後ろ姿を眺めていると、考えるよりも先に足が動いた。
ノワが欲しい。
あいつが誰を好きだって構わない。これが、自分を陥れるための計画だって、知ったことではない。
今すぐ、力ずくでも閉じ込めて、自分のものにしてしまいたい。
待ての出来ない獣になった気分だった。
次の突き当たりを曲がった所で、イアードは足を止めた。
「晩餐は、予定よりも随分早く済んだようで····」
廊下で抱き合っていた2人が、部屋へ向かって歩き出す。
夕食の後は、部屋で休みたいと言っていたはずだ。
実の所は、近衛騎士と落ち合う約束をしていたために、軽くあしらったのだろうか。
彼に惹かれていた?
それよりももっと深く、歪な何かが、胸中に燻っている。
彼を初めて見た時からだった。
皇帝の隣で微笑むノワが忌々しかった。
理由は分からない。不快で仕方が無いのに、目を離すことが出来なかった。
だというのに、ある時は、薬を服用するのとは比べ物にならないほど穏やかな気分にさせられる。
(壊れてしまいそうだから)
細い腕は、きっと指一本で押さえつけることが出来るだろう。
でも、微笑みかける彼が何故か泣きそうな顔をしていたから、一線を超えることは出来なかった。
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