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《295》頼まれてないけど

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流石にもう来ることはないだろう。
かえって良い薬になったはずだ。

そんな予測は、いとも簡単に砕かれた。

ノワは翌夜もやってきたのだ。






















翌日、廊下ですれ違ったイアードは、普段と変わらず素っ気なかった。

昨日のことは全く覚えていないようだ。
ノワは酷く安堵する一方、彼にとんでもないことをしてしまった罪悪感に押しつぶされそうだった。

そして、過ちは一夜限りでは済まなかった。
治癒をしている途中で、彼はノワを求めるようになった。

初めは、覚束無いキスを。
唇だけの戯れに惚けてきた頃、ベットに押し倒されて、深い口付けを。



言葉では拒絶しつつ、身体は彼に応えるようにして、広い背をさする。
冷たい言動とは似ても似つかない、舐めるような愛撫の言いなりになる。

怯えていた身体は彼の熱にほだされてゆく。
イアードは、ただひたすら、ノワの身体だけを弄んだ。
彼の意識がないのを良いことに、ノワもまた、淫らな慰みに溺れていた。






「式の準備は、しないんですか?」


食事の後、ノワは思い切ってイアードに話しかけた。
明日は大公領誕生記念日だ。
そのおかげで、町中はお祭り気分。使用人たちもどこか楽しげな雰囲気だった。


「ああ」


どっちとも取れない返事を最後に、彼は廊下の方へ出ていってしまう。
イアードはいつもこうだ。

時折何かを考えるように、遠くを見すえる。
他の誰とも違うところを見ているみたいで、不安になる。


「ちょっと」


腕を掴む。
彼はおもむろにこちらを見下ろした。
たったそれだけで、少しほっとする。
彼の意識が自分に向いている訳では無いのに。


「するの?」


話を聞いて欲しい。
イアードはすぐに、ふいと視線を外した。


「しない」


本当に素っ気ない。いくら記憶が無いにしたって、夜中はあんなに執拗に身体を──。
ノワはブンブンと首を振った。
ハレンチな記憶に耽けるところだった。


「なんでですか?」


掴んでいた腕は、不思議なことに手のひらから滑り抜けてゆく。
最近、彼の背中を見ると不安になる。


「待って」


「·····急ぎでないなら、用事が立て込んでいるので後程」

「なんでわざと敬語に戻すの?」


ノワはイアードの言葉をさえぎった。
彼は踏み込まれたくない時、こうして白々しい敬語を再開する。
また、距離が離れた。


「ねえ」

「しつけえな」


大人しかったライオンが軽く吼えるような威圧感だ。


(怖い)


ノワはピタリと立ち止まった。
なにか不味いことでも聞いたか?
少し話を聞くくらいいいじゃないか。こっちは夜も寝ないで治癒してやってるのに。
頼まれてないけどさ。













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