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《248》3人目の夫

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「教皇聖下にご挨拶申し上げます」


男がそっと顔を上げる。
血で濡らしたような、生々しい赤がノワを見つめた。


「シュテルン大公爵····」

「どうぞイアードとお呼びください」


抑揚のない声が告げる。
少し暗くなった庭に、冷たい風がふきぬける。
雨は横振りになって、数秒後には元に戻った。


「イアード殿下····こうして2人きりでお話するのは、初めてですね」


相手も偶然鉢合わせてしまって、気まずく思っていることだろう。
間を取り持つように言う。
雨の音に交じって、失笑が聞こえた。


「おかしな話です」


ノワは力なく笑う男を茫然と見た。


「あなたの夫だというのに」


向けられたのは侮蔑の視線。長いまつ毛が瞬きをすると、赤い雫が散った。
おどろおどろしいほど、美しい男だった。


「未だ大公国にいらっしゃいませんが、なにかご不満がおありですか。でなければすぐにでも、一度お越しいただきたく存じます」


丁寧な言葉には棘がある。

国の権力者は、聖女と結ばれることに意味がある。
本来ならば、ノワはイアードと大公領でも挙式を行い、関係の睦まじさを国民に知らしめる必要がある。
しかし、フィアンは大公国での挙式を拒否した。滞在だけは認められたものの、未だ大公国へ向かう日の目処は経っていない。


「申し訳ありません、その件に関しては、一度皇帝陛下と話し合い·····」


「愛する陛下から、片時も離れたくありませんか?」


長い足が、一歩、こちらへ近づく。
いつの間にか、小降りの雨は大粒へと変わっていた。


「お可愛いことですね。陛下も、あなたを片時も離したくないわけでしょう」

「······」


上手く笑うことが出来ない。
明らかな侮辱発言だ。

イアードから感じるのは、慢侮。
関わりさえなかったはずなのに、強い嫌悪の念が、ひしひしと伝わってくる。
なぜだ?


「僕が、嫌いですか?」


ノワはやっとの思いで問いかけた。


「嫌い?いいえ」


既に隠す気もなく、嫌な笑みが吐き出される。
彼は軽く首を振った。高い鼻を、氷のような雫が弾いた。


「大嫌いです」


低くかすれた声が、無気力に呟く。


「憎んでいる男が"気に入っている物"なのだから、当然でしょう」


フィアンは帝国の太陽だ。
皇帝だからではない。本当に、太陽のような男なのだ。
一体、彼とフィアンの間に、何があったのだろう?


皇帝あの男と微笑んでいるあなたを見ていると──」


血色の無い唇が、嗤う。


「虫唾が走る」










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