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《221》雪の賤民
しおりを挟む「あなたが俺を、救ってくれた」
(·····───"救ってくれた"?)
最後に見たのは、今にも泣き出しそうな表情。
彼は苦し気に眉をゆがめ、殺してくれと懇願した。
身体中に残る痛々しい古傷、盲目的な執着心。大きな身体が、真夜中、何かに怯え震えていた。
デリックは救われてなどいない。
すくんだ足が、恐る恐る進行方向をかえる。
ノワは来た道を戻り出した。
(デリック·····)
全ての夢物語の中で、極悪非道な悪役は排除され、ストーリーはハッピーエンドを迎える。
悪役が救われることは無い。もしそんなことがあったら、物語を読んでいた読者は納得しないだろう。
とんだ駄作だと非難するかもしれない。
悪は、罰されなければならない存在だからだ。
けれど、彼の本当の姿は───。
「·····!」
窓の向こうに、白い花びらがチラついた。
「雪·····」
少し早い、今年初めての雪だ。
ノワは今度こそ廊下を疾走し出した。
『これ、良かったら食べて』
幼い頃、路地裏に蹲った子供にパンの袋を押し付けたことがある。
あの頃、街では賤民の大量増加が問題視されていた。敗戦国の奴隷を使った非人道的な実験が明るみに出、被検体だった奴隷達が開放されたためだ。
こういう人達には、優しくしない方が良いと教わっていた。
しかし、彼らの中に自分と同じ歳ほどの幼い少年を見たのは初めてで、放っておけなかった。
痩せこけた顔が、大きな涙をため、一言つぶやいた。
どうして、今まで気づかなかったんだろう。
(そう、確かあの時、言っていた)
『俺を殺してください』
「違う」
ノワは呟いた。
小さな段差に足を取られ、頭から転ぶ。すぐに立ち上がり、階段を駆け上がった。
あんな悲しい願いは嘘だ。
けれど、もう手遅れだと、彼は決意したんだ。
『───生きたい』
今よりもずっと高い少年の声が、幼い頃のノワに告げた。
救わなければいけない。あの笑顔が血に染っても、取り返しのつかない過ちを犯したとしても。
「聖徒様だ!」
「!」
向かいの角から、数人の男達が飛び出す。
「保護しろ!」
帝国騎士団の軍服ではない。
恐らく、デリックに指示された者達だ。
「聖徒様、この先は危険です。どうか剣を収め──」
心配してくれているところ申し訳ないが、彼らに付き合っている暇はない。
ノワは宙高く飛び上がった。
ノワを見失った騎士達が辺りを見渡す。先に上を見あげた男の頚椎を剣の柄先で突き、続いてその両隣にいた男たちのうなじをたたき上げた。
彼らは小刻みに痙攣したのち地面に伸び上がる。
少しのあいだ気絶していてもらうだけだ。
ノワは城の最上階をめざし、ひたすら走り続けた。
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