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《210》彼
しおりを挟む白い球体。中央に、濁ってもなお、禍々しい光を放つ深紅がある。
ノワは両手で口元をおさえた。
脳裏に、様々な表情が蘇った。
そして最後に浮かんだのは、哀しげに月を見上げている横顔だった。
どこを見ているのか聞きたくなるほど、違う世界を見すえている眼。
これは"彼"だ。
「命令通り、殺して首を切りました」
赤い眼球を奪い取ったデリックが、まじまじと眼球を眺める。
そして、掠れた指が、次の瞬間物体を押し潰した。
「間違いない」
破片が床に散り落ちる。
「!!」
ノワはデリックの足元へ駆けた。
途中でつまずき、しゃがみこむ。鎖のせいでこれ以上先へ進めない。
破片に指先を伸ばす。
冷たい革靴が、目の前でそれを踏みにじった。
「ノワくん」
かがみこんだデリックがノワを抱き上げる。
「また痩せたように思います」
唇に触れるだけのキスを落とされる。
ノワはベッドの上まで連れ戻された。
「食事はもっとボリュームのあるものを用意させましょう」
場違いな台詞は一切耳に入ってこなかった。
「待って」
デリックを引き止めたのは、震えて情けなくなった声だ。
一度こちらを振り返った彼は、すぐに扉の方へ向き直った。
「また後ほど」
扉が鈍い音を立てて閉まる。
ノワはしばらく宙を眺めていた。
「·····そ·····」
声がかすれて、言葉が紡げない。
少し遅れてから、じんわりと目の前がぼやけた。
「嘘だ·····」
ノワはおもむろに首を振った。
ずっと我慢していた涙は、意図も簡単に頬を流れ落ちた。
「嫌だ、嘘だ、嫌だ、嫌·····」
「嗚呼、ノワ様」
部屋の端に佇んでいたルイセがこちらへ近づいてくる。
上手く呼吸ができない。ノワはベットにうずくまり、胸元を押さえた。
ルイセの手が背に触れる。
「触、るな·····!」
振り上げた手はベットに押し付けられた。
ぼやけた視界が歪み、身体が羽毛に埋もれる。
瞬きをした先に、見開かれた瞳があった。
「·····綺麗だ」
彼らには、弱い姿を見せたくなかった。
大切な人たちを守るために、強くなりたかった。
「気丈なお姿も素敵でしたが·····」
ルイセの声は弾んでいた。いやらしく微笑んだ瞳は、今度こそこちらの心を覗き込んでいる気がした。
「弱っている貴方は、さらに魅力的だ」
不快な温もりが、とめどなくこぼれ落ちる涙をすくう。
「甘い」
耳元で、吐息混じりの声が囁く。
「私が慰めて差し上げましょう」
モノクルのチェーンが頬に当たる。
(気持ち悪い)
身をよじると、首筋に唇を押しつけられた。
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