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《189》純粋な化け物

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「やだ」 


聞き分けの悪いふりをして、強く首を振ってやる。


「·····ノワくんをここから出すことは、出来ません」


(そんなこと、分かってるよ)


精悍な瞳は、何があろうと断固自分を部屋から出さないだろう。
目的は急いではいけない。


「デリックに、もっと会いに来て欲しくて」


口に出すだけでもおぞましいセリフだった。

皇帝を殺した反逆の首謀者。
そして、友人に剣を突き立て、この自分を拉致監禁している誘拐犯。
しかし、今は殺意を隠さなければいけない。


「·····なぜですか?ノワくんは、俺の事が嫌いでしょう」


デリックはボソリと言った。

不味い、と、直感で不穏を察知する。
声が冷たい。高い鼻は横を向き、表情を確認することは出来なかった。

計画を失敗させる訳にはいかない。

頬を、冷や汗が伝う。
ノワは意を決した。


「!」


デリックの胸ぐらを引き寄せる。
両手は手錠をはめられているせいで不自由だ。傾いた上半身が、ベッドから飛び出した。


「ノワくん!」


彼が、ノワを庇うように身を乗り出す。


「!?」


ノワはデリックの腕を強く引っ張った。
ベッドが大きく軋む。舞い上がったほこりが、月明かりに照らされ、きらきらと光る。


  デリックは目を見開いた。
腹の上には、少し不安になるほど心もとない重みがあった。

逞しい身体にまたがったノワは、その頬にそっと口付けた。

次に、鼻先へ。
大きめのスリーパーの襟口は、肩からするりとずり落ちた。


「デリック·····」


まるで大切な人の名を呼ぶように、優しく呼びかける。

すこし、口をつけるだけだ。
自分に言い聞かせ、デリックの肩口に手を添える。
見つめた先で、深緑の瞳孔が見開かれた。


「だ──駄目です!」


デリックが、ノワの肩を押す。


「!すみません」


彼はサッと手を離した。
日焼けした肌は、薄暗闇の中、たしかに高揚していた。


「こんな·····ノワくんが、こんな事をしては·····」


やはり、デリックは自分のことを、神かなにかだと思っているらしい。
整った顔立ちが、苦しげに歪む。セリフに反して期待するような顔は、あまりにも純粋だった。

自分も、フィアンに、こんな顔をしていたのだろうか。


「嫌?」


ノワは更に数センチ、上に伸し上がる。
硬い腹の上で、腿が擦れた。

デリックは飛び上がった。


「は·····っ」

「デリック、お願い·····」

「!!」


本当は、今すぐに彼の武器を奪い、フィアン達を助けに行きたい。

不可能だ。仮に奪い取れたとしても、部屋からは出られない。更に、外にはたくさんの騎士がいる。

今は『その時』では無い。


「ん·····」


真っ赤な耳元で吐息を落とす。


「ノワくん·····!」


デリックの声は、微かに震えていた。











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