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《164》わざと

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「!」


振り払う前に、長い指先が離れてゆく。
微かな痛みだけが残った。


(リダルは、なんで昨日·····)


昨日、冷たい手が、身体中をまさぐった。

「なんで昨日さ·····」


聞く前から、声が震えた。

唇を離した後の彼の顔を、今も覚えている。
暗い闇に引き込まれるような、不気味で、魅力的な微笑だった。


「ん?」


顔を覗き込まれる。


「それ、わざとでしょ」

「何がだよ」

「顔·····」


口をつぐむ。

自分の顔が凶器になることを知っていて、見せつけているに決まってる。


「!」


高い鼻先がこちらの鼻に擦り付けられる。


「リ、リダル·····?」


ノワはもじもじとした。

触れている股下が熱い。


(なんか、変だ)


前にも、こんな状態になったことがある。

フィアンの上に股がってしまった時だ。
心臓が飛び出しそうなほどうるさくて、緊張と喜びでいっぱいだった。

今は、それよりもずっと静かに、しかし鼓動が早い。

恥ずかしいのに、彼の言動の意味が気になって仕方ない。


(フィアン様と、こいつを、比べるなんて)


目の前にこの男がいることに安堵している。

おかしな事だった。


「あ·····だめ········」


カサついた唇が触れた。


「や·····っ」

「大人しくしてろって」

「な、なんで·····」


両手を掴まれ、何度か唇を啄まれた。
軽く吸い付かれ、半開きになった口元に舌が伸びてくる。

普段の彼からは想像もできないほど優しいキスだった。


「ん····っ····」


からかうにしてはたちが悪すぎる。

胸の辺りが、チクリと傷んだ。


「はぁ·····っ」

「不満そうな顔だな」


リダルは、返答を待つようにじっとこちらを見つめている。


姿が見えなかった時は、どこで何をしていたのか。どうして手紙に返事をくれなかったのか。
どうして、キスをして、優しく触れるのか。

そんなあほらしいことが気になってしまう。


干渉しすぎて、また邪険にされるのは嫌だ。

冷ややかな深紅が怖い。

他の人間に向けられる、心底興味のなさそうな瞳。あんな視線を向けられたら、きっととても傷ついてしまう。


「なんで·····」


リダルが、遊ぶようにこちらの髪を梳く。

聞いているのかいないのかさえ分からない。


「ひどい」


彼の一挙一動に慌てる自分が、惨めで仕方ない。


「大嫌い」


本当は、こんなことが言いたかったんじゃないのに。


「お前」


「·····?」


「フィアンなんてやめろよ。悪趣味なやつ」


ノワは言葉を失った。

何を言い出すかと思えば、問題発言にも程がある。

皇族冒涜罪決定だ。なにより、フィアンを悪くいうことは、この自分が許さない。












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