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《160》イカれたのか?
しおりを挟むシャツの中から、草原へ、透き通った水が噴射される。
リダルは木によりかかったまま、数秒固まる他なかった。
排水はだんだんと勢いを失い、やがて途切れる。
二人の間を、かわいた夜風が通り過ぎていった。
「·····お前·····とうとうイカれたのか?!」
「ん·····りらる?」
潤んだ瞳が、じっとリダルを見つめる。
熱を持った視線だ。
リダルは思わずギクリとした。
「な、なんだよ?」
ノワがゆっくりと距離を縮める。
「来んな·····」
「りだるら~」
回らない呂律で名前を呼び、彼はこちらに突進してきた。
二人一緒に地面へ倒れ込む瞬間、咄嗟にノワを庇う。
「·····ってえ·····」
膝上辺りに、温かな重みがあった。
「··········」
仰向けに倒れ込んだらその上に、ノワが馬乗りしている。
ズボン越しでも感じる、生々しい人肌。
相手は今、半裸だ。
「お前·····」
ほのかに酒の匂いがした。
「·····おい、正気にもどれ、酔っ払い」
前のめりになったノワの両肩を押す。
煩悩を断ち切るつもりで力を込めたリダルは、ギョッと目を見開いた。
ノワの目尻いっぱいに、涙が溜まっていた。
「な、泣くな」
驚いて手を離す。
「?んー·····へへ」
こちらの心配を他所に、彼は間抜けに笑い出す。
相当酔っ払っているらしい。
「くそ·····」
リダルは荒々しく髪をかきあげた。
「りらる·····」
ノワは相変わらず、熱の篭った瞳でこちらを見下ろしている。
細い指が頬を撫でた。
「えへへ、かっこいい」
「···············は··········」
「かっこいいけど、嫌い」
拳が、胸元に落とされる。
「ばか、ばか」
それが、何度も振り落とされる。赤子のように非力な拳だった。
「なんなんだよ·····」
心臓がバクバクとうるさい。
恐らく剣練部で配給された葡萄酒だろう。
この酔っぱらいめ。
リダルはことごとく呆れてため息をついた。
落ち着こうとする意思に反して、自制心を保つ為ののパラメータが減ってゆく。
「ん·····熱い·····」
「··········?」
ノワが、自身のシャツに手をかける。
「まさか·····」
そのまさかだ。彼はボタンを外し、シャツを脱ぎ始めたでは無いか。
湿った土を背に感じる。
おかげで、こっちは柄にもなく慌てふためいて辺りを見回す羽目になった。
草木に覆われた庭には、ノワと自分以外に人間はいない。
それだけが救いだった。
「まじで·····有り得ねえ·····」
「りらる」
「うるせえ、今、話しかけんな」
そうでなければ、暴走してしまいそうだ。
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