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《128》特徴のない青年
しおりを挟むとりあえず、また水を飲めば治るだろう。
フットマンを探す。しかし彼らは、もうじき開会式がはじまるせいか、会場から退室したようだった。
出し物の披露が始まるまではあと10分。
一刻も早く吃逆を治さなければ。ノワは逃げるように会場を飛び出した。
「ヒック」
無人の廊下を進みながら、胸のもやもやは大きくなっていった。
今更なんだっていうのだろう。
考えたらだめだ。フットマンを探すのは諦めて、手洗い場へ向かう。
「あの·····」
不意に、柔らかい声に引きとめられた。
「?」
くるりと振り返る。うしろを追いかけてきた相手は、ノワの目の前でぴたりと立ち止まった。
見覚えのない顔だ。
いくつか年上の、穏やかそうな眼をした青年だった。
短く自己紹介をした相手に続き、ノワも早口で名乗る。
こらえていたが、結局吃逆を聞かせてしまった。
「良かったら、これを召し上がってください」
彼が渡してきたのは、直径2cmほどの、透明な球体だ。
「緊張によるどもりが酷いので、持ち歩いてるんです。医師から頂いている鎮静薬ですから、良かったら」
これといって特徴はないのに、何だか独特な雰囲気のある青年だ。
「副作用はもちろんありません」
ノワはぶんぶんと両手を振った。
「いいえ、ヒック·····すみません、高価なものをいただく訳には·····」
鎮静薬といえば、発作や痙攣を抑えるためにも幅広く使われる万能薬だ。
決して安い薬では無い。ほとんどの貴族が安易に手を出せないほどの妙薬を、初対面の人間に無償で貰う訳にはいかなかった。
何度か瞬きを繰り返した相手は、遠慮するようにはにかんだノワに「では」と、再び口を開く。
「この出会いと交換に致しましょう」
「·····へ?」
「これはきっと、女神様の導きですから」
聖書に記されている内容だ。
風向き、生命の誕生、葉の落ちる瞬間からそれが着地する場所まで、全ては女神の導きによって定められていると。
ロマンチックな言い伝えは、同時に生きる者の無力さを残酷に教えている。
モノクルの奥の瞳は温かい。彼は、そっとノワに微笑みかけた。
「どうぞ、お受け取りください」
「あ·····」
返答を待たず、相手がこちらへ手を伸ばす。
ノワは反射的にそれを受け取った。
「ヒック」
彼との出会いが運命なら、吃逆もまた女神が定めた必然なのだろうか。
では何のために?
薬玉を口に放り込もうとしたノワの手は、強い力に引き止められた。
「?·····ック·····」
何者かに塞がれた口元から、くぐもった吃逆が漏れる。
後頭部に硬い温もりを感じた。腕を掴む相手のカフスは、見た事のあるブルーサファイアだ。
「見ず知らずの人間からもらったものを、無闇に口にするな」
数分前、遠くから聞いていた男の声。
ノワは頭上の影を振り返った。
はっとするほど鋭い輝きを秘めたスカーレットは、ノワと目が合うと、向かいの相手へと視線を流す。
「これは····皇子殿下にお目にかかります」
青年が深々と頭を下げる。ノワは背に感じる温もりに、思わず口を引き結んだ。
(なんで、ここに?)
「これを受け取ることは出来ない」
腹の奥に響くような声が耳元で紡がれる。
フィアンはノワから取り上げた薬を紙に包み、相手へ渡し返した。
「王宮から新しい物を送らせよう」
「とんでもありません、どうかお気遣いなく」
それ以降の会話は耳に入ってこなかった。
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