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《118》ホトトギス
しおりを挟む「·····はひっ」
声が裏返ってしまった。
歌を歌う事は、まあまあ好きだった。
が、前世の自分はカエルの鳴き声と鼻声が混ざったようなそれだ。とても他人に聞かせられる歌ではなく、上司に強引に歌わされたカラオケ宴会では、音程だけが正確なために「ロボットみたいだ」と嗤われた。
だから、ここで引き下がってはいけない。
ユージーンから、フィアンに「こいつは駄目だ」と口添えしてもらわなければ。
「この後、お時間いただけますか?」
彼とて、歌声を聞けば諦めざるを得ないだろう。
今歌う方が、大衆とフィアンの前で恥をかくよりはずっとマシだ。
「いつになく積極的だね」
それは、彼を避けていたこちらへの皮肉だ。
ノワはうっとした。
「一度だけ、僕の歌を聞いて欲しいんです」
「なら今ここで歌えばいい」
穏やかな笑みとは裏腹に、彼の提案は冷たかった。
「ここでですか?」
「この後は予定がある。それとも、君の歌を聞く為だけに場所を変える必要が?」
本来のユージーンは、ヒロインにだけ優しく、甘い言葉を囁く。
モブキャラを目指す悪役令息に、彼の慈悲が与えられるわけがない。
これ以上嫌われてしまっては大変だ。
「日を改めて、また·····」
ふと、伸びてきた腕が腰にまわされる。
「?·····??」
ユージーンがノワを連れて行った先は、先ほど出たばかりの生徒会室の扉だった。
「歌いなさい」
ノワはキョトンと首を傾げる。
時間が無いと言っていたのは彼だ。
「でも、お時間が····」
「気が変わったんだ」
上品な微笑みに似つかわない横暴ぶりだ。
鳴かぬならなんとやらホトトギス。ふと前世の有名な詩を思い出した。
彼なら、用無しだと殺してしまうのだろうか。無理矢理にでも鳴かせるのか、はたまたじっくりと追い詰め自ら鳴くように仕向けるのだろうか。
なんにせよ自分は、彼にとってそんなホトトギス程度の存在だ。
「さあ」
大きな手が頬を撫でる。ノワはそっと瞼を閉じた。
口ずさむように歌い始めたのは、前世で気に入っていた邦楽だ。
懐かしさのある音調。留めていた悲しみが溢れ出すようなメロディー。ここ数年感口にしていなかった日本語は、ごく自然に頭に浮かんできた。
澄んだ声が、天井に昇ってゆく。
ノワは、ユージーンの存在も忘れ歌を歌っていた。
口を閉じると、場はシンと静まり返った。
「あの·····」
気がつけば夢中になって歌っていた。
待てども、ユージーンは無言のままだ。
言葉を失うほど酷かったのだろうか。
おずおずと彼を見上げる。
「あの、ユージー·····ン·····っ」
掬うように唇を塞がれた。
「··········ん·····っ?」
あまりにも自然な触れ方だった。
舐め取られた上唇は、突如噛み付かれる。
ノワはびくりと震え上がった。
「君は、歌唱指導を受けたことがないみたいだね」
「へ·····っ?は、はい·····っ」
ユージーンに頷く。目が合った碧眼から、おもわず視線を逸らした。
噛まれた唇はジンジンと痛んだ。
「単調で薄っぺらい歌声だ」
紡がれる鬼畜発言の数々は、ユージーンの美しいビジュアルだけを見れば嘘のようだ。いっそ清々しい。
ガッカリするノワを横目に、ユージーンは「それと」と、言葉を続けた。
「選曲はそれにしよう」
曲まで受け入れられてしまった。
「曲名を教えてくれ」
ノワは当惑した。
この世界に無い曲だ。もごついた後、忘れてしまったと適当を言った。
「·····明日にでも著名な音楽家を呼ぶ」
呼び出した音楽家に歌を聞かせ、曲名を知ろうとしているようだ。
音楽家が来れば、遅かれ早かれ嘘に気づかれてしまう。
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