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《100》壊れるまで
しおりを挟む「まだあいつが好きなのか?」
『まだ』と加えられた二文字に悪意を感じる。
まるで、ノワがいつかはフィアンを好きでなくなるとでも言いたげだ。この男は、人を想うということさえわからないのかもしれない。
奴隷商のアジトを突き止めるため、リダルはノワを囮に使った。
血も涙もないような彼が、他人を想うなんて無理な話だ。
「どうせ、人のこと使い捨てのおもちゃかなんかだと思ってるんだろ。振り回すだけ振り回して、あとはポイ捨てで·····」
自分も、庭に捨てられた。
思い返してみれば酷い男だ。
こんなやつが乙女ゲームの世界に存在していて良いのだろうか。神様がいるなら、悪役令息の自分よりも先にこの男の処罰を頼みたい。
リダルは、ノワと視線を合わせるように屈み込んだ。
「ポイ捨てなんてしねえよ」
顔の横に腕が伸びる。ノワは壁と彼に挟まれて、逃げ場を失った。
「ほんとの玩具にしてやろうか?」
図体のでかい男に壁へ追い込まれるのは、同じ歳でも若干恐ろしい。
彼は、距離感がおかしくなりそうなほど顔を近づけてきた。
ノワはキョロキョロと視線をさまよわせた。
硬い身体に潰されてしまうのでは。
心配を他所に、リダルはピタリと動きを止めた。
「壊れるまで遊んでやるよ」
こめかみへ囁かれた声は決して甘くない。
ざらついた低音が微電流を作る。思わず、その肩へ手を着いた。
「な、なん·····」
「·····ノワ?」
新しい声が加わる。
ノワは、リダルの肩口から廊下の向こうへ視線をやった。
こんな場所を知り合いに目撃されてしまうなんて、最悪だ。
名前を呼んできた人物を確認し、ノワの顔は蒼白になった。
「ユージーン様·····」
涼し気な碧眼が、不振そうに揺れる。
「·····君は俺のことが好きだと言っていたはずだが?」
ユージーンが呟く。
目の前のリダルは、不可解そうに顔を歪めた。
最悪の状況だ。
ユージーンからすれば『自分に好きだと言っておきながら他の男と逢い引きしている浮気性なホモ』。
リダルからは『この国の第一皇太子が好きで、公爵家の一人息子にも言いよっている卑しいホモ』。
もはや、弁解の余地はない。
「ユージーン様、あの·····っ!」
ノワの手首は、冷たい手に掴まれた。
「お前は今、俺と話してるだろうが」
「え?!」
がっしりと腕を掴まれ、抵抗も虚しく連れられてゆく。
「リダル、止まって!」
こちらを無視して、リダルは廊下の先を進んだ。
不可抗力で小走りに後へ続く。
人通りが増えてくると、彼の手はパッと離された。
相手は振り返りもせず、さっさと歩いていってしまう。
あの場から逃がしてくれたらしい。しかし今度こそ、呆れ果てただろうか。
(理由くらい、聞いてくれても、いいのに)
聞かれたところで、答えられないだろうけれど。
ノワはじんわりと痛む手首を擦りながら、広い背中を睨みつけた。
昨夜、郊外から光の柱が放たれた。
千年に一度の、聖女の力が発現した証だ。
またの名を、女神の使徒。
柱を放った人物の特定は、神殿の指示により内密に進められていた。
「確かか?」
報告書を片手に、フィアンが問う。
「·····はい、神殿にて調査中とのことです」
差し出されたのは、聖女候補の名前が数人記されている書類だ。
「あまりにも情報が少ないな」
「神殿は、未だ調査が終わっていないとの事で·····」
貴族から平民、幼い子供、どれもパッとしないブロフィール。
フィアンは、ふと窓の向こうへ視線をやった。
(この前の感覚は、やはり気の所為だったのか)
思い浮かべたのは、震えながらこちらの頬に触れた、細い指。
痛みが鎮まっただけでは無い。
内側が浄化されたような清々しさは、確かにこの身に感じたはずだった。
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