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《98》拉致

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「とうとう行ったな」


固唾を飲んで見守るクラスメイトの視線を背に感じながら、ノワは彼の席の前で立ち止まる。
机の上に乗せられた脚は、認めたくはないが、やはりスラリと長すぎる。


「話があるんだけど」


俯いていた彼が仰ぐようにこちらを見上げる。

深紅は不気味に歪んだ。


「いいぜ」

「!」


リダルが勢いよく立ち上がるので、椅子がけたたましい音をあげ、こちらの様子を伺っていた生徒たちが飛び上がる。


「行くぞ」


リダルは、いつかと同じように、馴れ馴れしくノワの肩に手を回した。




「あの二人、仲良かったのか?」


教室内は静まり返って、数秒後、いっそう騒がしくなった。


「拉致られた」

「拉致られたな」


ノワと話していたクラスメイトらが、顔を見合わせる。

2人が消えた扉は妙に寂しげだった。




















ひとけのない廊下まで来ると、隣にいた男はノワから手を離した。


「で、何だよ」


そう聞くリダルは、教室内よりもずっと話しやすい雰囲気だった。


「剣練部の合宿参加可否書!出来るだけ早く出せって、ウォルター先輩が」


ロイドからの言伝を伝える。
リダルはじっとこちらを見つめていた。

規格外のイケメンは3秒以上人と目を合わせてはいけないという法律を作るべきだ。
でなければ、相手の寿命が縮まってしまう。


「·····クラスの人たち、怖がってたよ」

「あ?」

「そんなんじゃ、友達も·····」


出来ないぞ、と言おうとしたノワはしかし、話が脱線していることに気づいて口を閉じた。


「偉そうだな」


彼が小馬鹿にするように笑った。

ムカつく態度だが、挑発にのれば、まともな会話は出来なくなってしまうだろう。


「ここ数日間何してたの?」

「おいおい」


リダルがヒラヒラと手を振る。


「今度は何企んでる?」

「はい??」


血色の無い口元から、真っ赤な舌がのぞく。
ノワはさっと顔を背けた。


「別に、なんとなく気になっただけ」


久しぶりに彼を見た今日、どこかほっとしていた。
そしてあんな危機を乗り越えた仲なのだから、当然プライベートのことを聞いたっておかしくはないと、無意識にそう思っていた。

彼の態度で、勘違いに気付かされた。


(信じろとか、言ってたくせに)


「もう、聞かないから」

「はあ?」


リダルは顔をしかめた。
ノワの目元がうっすらと赤い。


「聞くななんて言ってねえだろ」


「そんなの、屁理屈じゃん」


全く頭のおかしい奴だ。

「信じない」「嫌いだ」と言っておきながら、どんな理由があって自分に関わろうとしているんだろうか。

傷ついた顔をするノワを見て、柄にもなく動揺する自分も、どうかしている。


「じゃあ教えてよ」


ノワがふてぶてしく言い放つ。
リダルはため息をついた。


「"警備のバイト"」


ここ数日は、少し忙しかった。
捕らえた盗賊団の生き残りを拷問し、金のルート、関わっている組織を洗いざらい聞き出した。

この類のものはすぐに根源を引き抜かなければ、別の所へと住処を移してしまう。
速やかな対応が必要だった。

一方で、説明を聞いたノワは首を傾げた。

盗賊団を捕まえたばかりだというのに、リダルは休む暇もなく銭稼ぎをしていたらしい。
彼の家もなかなか厳しいのだろうか。

哀れみの籠った視線を投げる。
リダルは勝手に誤解釈をしているノワを放っておいた。


「奴隷商のアジトを突き止めたのに、なんの報酬も貰わなかったの?」

「だから、誰に貰うってんだよ」

「ええっと·····」


そんな質問は王室にでも聞いて欲しい。ここは相談窓口ではないし、自分はGo○gle先生でもない。


「前も言ったけどさ、第二皇子殿下とか·····あ!!」


重大なことを思い出した。


「そうだ!気絶した人間をよくも放っていったな!」


彼には、あの日の文句を言わなければいけなかった。


「俺のキスが善すぎて、あほずらこいて寝てた時の話か?」


「な·····っ」










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