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《93》打算的

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ノワの瞳は、宙をさ迷う。


「いや、なんだ、その」


失言を詫びようとしたロイドに、高い声が被せられた。


「へ、変態じゃないです。変態じゃ·····」


震えた語尾は、今にも泣き出しそうだ。

ドクリと、心臓が鼓動する。


「·····ご、ごめんなさい」


走り去ってゆくノワを見送り、ロイドは、行き場の無い手を握りしめた。

傷つけてしまった。
深く後悔するロイドは、ノワが赤面した本当の理由を知らない。





(や、や、やばい·····)


ノワは、廊下を駆けながらたまらない思いに悶えていた。

逞しい上半身だけでも目のやり場に困るというのに、角張った男らしい手がベルトを締める姿は鼻血ものだ。

ロイドが自責の念に囚われているのと同時刻、ノワは上機嫌で自室へと戻ったのだった。













机を挟んで向かい側のソファに座る男を、チラリと覗き見る。

のどかな昼下がり。ここは見せかけの楽園だ。
ノワはゴクリと生唾を飲み込んだ。

県大会から数日たった今日、ユージーンから呼び出しを受け、日差しの暖かな擯室へやってきていた。

連絡をすることさえすっかり忘れていた。

気まずさを感じながら、カップに入った紅茶をすする。
味はよくわからなかった。


「あの日、どうしても大会を見に行きたかった理由を教えてくれないか?」


湖のような碧眼に、普段の妖しげな光はない。
彼は笑っていなかった。


「君はあの日、事件が起こることを知っていたのか?屋敷でのことも、全て····」


ついに、この問いかけが来た。
しばらく沈黙が続く。
ノワが答えられることは無かった。

やがて、諦めるようなため息が聞こえてきた。


「いいや、聞く必要も無いな」


ノワは、驚いて彼を見上げた。
まさか、自分の思惑がユージーンにバレているわけがない。
嫌な動悸に耐えるように、唇を引き結ぶ。

「俺が助けられた事実は変わらない。君に対する考えを、改めることにしたよ」


ユージーンが足を組みかえる。
ノワは、彼がなぜこんな顔をしているのかを知った。

彼は負い目を感じているのだ。
公爵邸でのことや今回の事件。何らかの方法で事件が起こることを知ったノワに助けられたと思っている。

物語上でユージーンを救うのはヒロインだ。
そもそも、自分は犠牲心の強い人間ではない。

しかし、この誤解はとかないでおこう。


「いいえ、ジェダイト様が無事なら良かったです」


ノワはにこりと微笑む。
ユージーンは窓の向こうを眺めていた。

せっかくめいっぱい可愛らしく笑ってみせたのに、無駄だった。

ノワが残念がる一方で、ユージーンはおかしな気分を味わっていた。

時に自分のために誰が犠牲になろうが、誰かが不幸になろうが、そんなことは気にも止めたことがなかった。

なぜなら、彼らは自分のそばにいることで利益を得ようとしたからだ。そしてそんな彼らの1人や2人いなくなろうが、代わりはいくらでも効いた。

ノワだって同じだと思っていた。実際彼は他の人間と同じように自分の機嫌をうかがい、よく思われるために好意があるという嘘までついてみせた。

打算的で、卑しい人間だと思っていた。

しかし、気づけば途中からわからなくなっていた。

突拍子もない言動をするノワが面白くて、同時に、この自分の興味を引きながらも他の男に夢中な事が憎らしかった。


「代わりと言ってはあれなんですが····お願いを聞いていただけませんか?」


ノワがはにかみながら言う。ユージーンはふと思考を止めた。


(俺は、何を·····)


やはり、彼も私利私欲のために自分に近付いたのだ。
もう少しで、騙されるところだった。


「良いだろう」












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