上 下
86 / 342

《84》幸せな家庭

しおりを挟む










────────────



ユージーン公爵家には二人の息子がいた。

長男のラージェイトと、彼によく似た顔の次男。

長男は生まれつき身体が弱く内気な性格だが、誰よりも心優しく人懐こい子供だ。
公爵一家は絵に書いたような幸せな家庭───であるはずだった。

2人目の息子が物心ついた頃から、公爵夫妻は彼を不気味に思い始める。

ラージェイトとよく似た容姿でありながら、少年は笑うこともなければ、年相応の子供のようにはしゃぎ遊ぶことも無い。

まるで感情を持たぬ人形。
召使いでさえも、彼をそう囁いた。

そんなある日、長男であるラージェイトの持病が悪化した。
あらゆる医者の治療も虚しく、不治の病は幼いラージェイトを蝕んでゆく。
毎夜呻き魘される息子の様子を目にし、夫人は日に日に精神を病んでいった。


「ああ、可哀想なラージェ····こんなにも心優しいあなたが、どうして····」


彼女は日々虚ろな目で呟いた。


「人の心を持たぬ子なら、病に苦しむこともあるはずがなかったのに」と。


第二子の名を、ジェダイトという。

決して喜びや悲しみを感じない訳ではなかった。
寧ろ人よりも小さな変化に敏感な性質を持っているが故、幼い彼は沢山の情報を表現することが難しかった。

ジェダイトが7つの頃、兄のラージェイトはこの世から息を引き取った。


「ラージェ」


兄が死に、しばらく経ってからだった。

長い間正気を失っていた母親は、ある日、初めてジェダイトに穏やかな笑みを向けた。

やせ細った背。抱きしめる両手からは、深い愛情を感じた。

幼くも聡いジェダイトには、それが死んだ兄へのものだということを理解した。

ずっと傍で眺めていたもの。決して自分のものにならずとも、まるで文字を読むように読み取ることが出来る、彼らの愛情だった。

その瞬間彼は、嘘偽りのない愛情に包まれた。
これから生きてゆく上で"ジェダイト"は必要ない。ラージェイトがやっていたように、生きれば良い。

その日、ジェダイトは死んだ。
公爵家は再び暖かな家族の姿を取り戻したのだった。

























数日前の剣大会の話題は、生徒たちの間で未だもちきりだった。


「こんなこと今まで前例がない」


大会1日目の後半に差し掛かった頃、突如として下された大会の取り辞め。
事の詳細について、おおやけに公開されることは無かった。


「帝国騎士団が来たらしい」

「一体何事だ?」


教室にたむろっている生徒たちを横目に、ただ一人、謎謎の答えを知っているキースは、さっさと席を立ち上がる。

剣大会で何が起こったかなど、彼らがいくら詮索したって分かるはずがない。

人違いで攫われた青年が、明け方に保護された。

青年の名は、ノワ・ボース・パトリック。キースは最早ため息すら出てこなかった。

現在、学園にノワの姿はない。

打算的で、しかし純粋な瞳を持ったルームメイト。
年相応にはしゃいでいたかと思えば、不自然なほど大人びた顔をする。

あれは、何かを隠している──または何かを知っている者の目だ。

けれどそれも悪い気はしない。最初は、単純な好奇心だった。
この退屈な日常を少しでも彩ることが出来れば良いと思っていた。

歯車が狂い始めたのはいつからだろうか。

こちらがノワに興味を持つほど、彼はこちらにさほど興味が無いと思い知る。

彼は、いつも別のものに夢中だった。



"憤ったふりでもすれば、君は僕の方を気にかけてくれるのか"



口をついて出たのは、醜い独占欲だった。

彼という人間は、自分と関わる者たちの中で唯一楽しい存在だった。そしてそれは、あの日交したキスとともに、別の感情へと姿を変えた。

寮室の扉の先にも、やはりノワはいない。


「·····あはは」


静かな部屋に西日が傾く。
笑う他なかった。















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) イラストブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

【完】悪女と呼ばれた悪役令息〜身代わりの花嫁〜

BL
公爵家の長女、アイリス 国で一番と言われる第一王子の妻で、周りからは“悪女”と呼ばれている それが「私」……いや、 それが今の「僕」 僕は10年前の事故で行方不明になった姉の代わりに、愛する人の元へ嫁ぐ 前世にプレイしていた乙女ゲームの世界のバグになった僕は、僕の2回目の人生を狂わせた実父である公爵へと復讐を決意する 復讐を遂げるまではなんとか男である事を隠して生き延び、そして、僕の死刑の時には公爵を道連れにする そう思った矢先に、夫の弟である第二王子に正体がバレてしまい……⁉︎ 切なく甘い新感覚転生BL! 下記の内容を含みます ・差別表現 ・嘔吐 ・座薬 ・R-18❇︎ 130話少し前のエリーサイド小説も投稿しています。(百合) 《イラスト》黒咲留時(@kurosaki_writer) ※流血表現、死ネタを含みます ※誤字脱字は教えて頂けると嬉しいです ※感想なども頂けると跳んで喜びます! ※恋愛描写は少なめですが、終盤に詰め込む予定です ※若干の百合要素を含みます

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
更新は原則朝8時→20時に変更(*- -)(*_ _)ペコリ ♡イイね15万突破、ありがとう御座います(⁠ノ⁠◕⁠ヮ⁠◕⁠)⁠ノ⁠*⁠.⁠✧ 婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って自身で断罪劇から逃げるつもりが自分の周りが強すぎてあっさり婚約は解消に?!  やった! 自由だと満喫するつもりが、隣りの家のお兄さんにあっさりつまずいて? でろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 注! サブタイトルに※マークはセンシティブな内容が含まれますご注意ください。 ⚠取扱説明事項〜⚠ 異世界を舞台にしたファンタジー要素の強い恋愛絡みのお話ですので、史実を元にした身分制度や身分による常識等をこの作品に期待されてもご期待には全く沿えませんので予めご了承ください。成分不足の場合は他の作者様の作品での補給を強くオススメします。 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。 *゜+ 途中モチベダウンを起こし、低迷しましたので感想は完結目途が付き次第返信させていただきます。ご了承ください。 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ 文字数が10万文字突破してしまいました(汗) 短編→長編に変更します(_ _)短編詐欺です申し訳ありませんッ(´;ω;`)ウッ…

処理中です...