上 下
58 / 342

《56》良薬は

しおりを挟む








「そうか」


ノワの返答を聞きながら、ロイドは内心安堵していた。

上位20人にから、大会出場者は本剣での戦いを許される。

決闘中に腕の一本や二本ダメになってしまうという事態もざらにあるのだ。
ノワが参加しないのなら無駄な杞憂だった。
軽く息をついたロイドは、ふと、ノワの首元に当てられたガーゼに気付く。


「また怪我か」


どうやったらそんな所を怪我するのだろう。


「怪我?」


「ほら、ここだ」


ロイドはガーゼが貼られたノワの首元を指で叩いた。


「ひゃん」


軽く触れたはずだが、大袈裟に裏返った声が漏れる。
思わず手を引っこめた。


「すまん、痛かったか?」


妙に色っぽく聞こえたのは、多分何かの間違いだ。


「大丈夫です!ここは·····」


こころなしか、ノワの頬が赤い。


「蚊!蚊に刺されて!」


「·····?そうか」

「そ、そうなんです!」


ノワは、無理矢理話を押し切った。


「そ、それにほら、僕なんかより大きな怪我は他の人も沢山してるし·····あ、ウォルター先輩だって!」


ロイドの腕に、擦り傷を見つけた。


「血が出てますよ!」


ノワは、ロイドの手を勢いよく掴み、ハンカチを取りだした。


「これ、良かったら使ってください!応急処置ですけど、薬を塗ってから·····」


「こんなのは傷じゃない」


それに治療室までは10分以上かかるだろうと面倒そうに言うロイド。


「立派な傷ですよ·····」

どうやら、話は逸れてくれたようだ。

しなやかなのに、角張っていて男らしい手。
ノワはまじまじと眺めながら安堵した。


「あ、じゃあ、水で流してから唾つけとくとかどうですか?唾液は、良薬って…」


いうらしいし、という語尾は、しりすぼみに消える。

話を誤魔化すことに夢中になっていた。
が、傷口に唾を塗ればなんていう提案は、侮辱にもなり得る。


「ぼ、僕が舐めちゃおっかな~、なんて、あは、あはは·····」


とっさに冗談に変え、無理やり笑顔を作るノワ。
精悍な顔立ちはたちまち訝しげに歪んだ。


「····そういうことを、他の奴にも言ってるのか?」


「?」

ふざけたことを言うなとでも言われるかと思ったが、投げられたのは意図のわからぬ質問だった。

ノワはキョトンとする。

色素の薄い三白眼は、まるで研ぎ澄まされた刃の切っ先のようだ。

そこに浮かび上がっているのは、不愉快の色だった。


「ま──まさか!ええっと、ウォルター先輩にだけです」


一身に否定する。
なんだかよく分からないが、肯定したら状況はもっと悪くなりそうな気がする。


「·····兎に角、鍛錬には真面目に取り組むように」


最後に釘をさして離れていったロイドを見送り、ノワはガックリと肩を落とした。
好感度は更に下がってしまったようだ。



「お前の唾液なんて死んでも御免だぜ」

「うわっ?!」


すぐ後ろから、嘲るような声が囁かれる。
ノワは驚いて振り返った。


「どうしてか教えてやろうか?」


鍛錬の後だというのに、青白い顔は涼し気だ。
闇に沈むような赤が、茶髪の隙間からこちらを見下ろしていた。

この不気味な男は、気配を無くす術や人の話を盗み聞きする能力でも習得しているのだろうか。

皮肉の一つや二つ言いたくなるのを堪え、なんで、と聞き返す。

もしかすると、ロイドの機嫌が悪くなった理由が詳しく分かるかもしれない。


「そりゃお前がビッチで、性病持ちだからに決まってんだろ」


しかも男専門のな、と、下品な冗談を言って、リダルは不敵に笑う。

ノワは暫く空いた口が塞がらなかった。

どんな教育を受ければ、この歳でここまで下劣な台詞を吐けるのだろうか。
初めて他所の家庭の教育方針に興味を持った。


「お前の傷口なんて、死んでも舐めないから、心配すんな!」


顔を真っ赤にして叫ぶ。


「なんだよ」


対するリダルは、さっきの表情のまま、片眉を少し持ち上げた。


「いつも通り、うるせえな」

「はぁ?!」


フィアンの前から逃げるように去っていった時は、泣きそうだったくせに。
リダルは軽く首を振った。


対して、ノワはフンと鼻を鳴らす。
なんだってこいつは、機嫌が良さそうなんだ。


(なにより、リダルにからかわれることに慣れてしまってきているのが、一番腹立たしい)


「·····あ、そうだ」


ロイドとの会話を思い出す。


「リダルは剣大会出るの?」

「いいや」


リダルはあっさり首を振った。











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完】悪女と呼ばれた悪役令息〜身代わりの花嫁〜

BL
公爵家の長女、アイリス 国で一番と言われる第一王子の妻で、周りからは“悪女”と呼ばれている それが「私」……いや、 それが今の「僕」 僕は10年前の事故で行方不明になった姉の代わりに、愛する人の元へ嫁ぐ 前世にプレイしていた乙女ゲームの世界のバグになった僕は、僕の2回目の人生を狂わせた実父である公爵へと復讐を決意する 復讐を遂げるまではなんとか男である事を隠して生き延び、そして、僕の死刑の時には公爵を道連れにする そう思った矢先に、夫の弟である第二王子に正体がバレてしまい……⁉︎ 切なく甘い新感覚転生BL! 下記の内容を含みます ・差別表現 ・嘔吐 ・座薬 ・R-18❇︎ 130話少し前のエリーサイド小説も投稿しています。(百合) 《イラスト》黒咲留時(@kurosaki_writer) ※流血表現、死ネタを含みます ※誤字脱字は教えて頂けると嬉しいです ※感想なども頂けると跳んで喜びます! ※恋愛描写は少なめですが、終盤に詰め込む予定です ※若干の百合要素を含みます

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) イラストブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...