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《41》皇子と飼い犬

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前を歩くフィアンが立ち止まる。
彼はくるりとユージーンを振り返った。


「休暇中の騒動は片付いたのか?」


ノワは思わず声を出しかけ、空気を飲み込む。

ゲームのシナリオどおり、ユージーンの屋敷には暗殺者が侵入したらしい。


「ああ、叔父の刺客だったみたいだ」


ユージーンに怪我はないし、大事にはならなかったようだ。
今更ながらノワはホッと胸をなで下ろした。


「これを機に番犬でも飼ったらどうだ?」

「警備よりは役に立つかもな」


2人は和やかに冗談を言い合う。


「フィアンも、前は犬を飼ってただろう?」


部屋を出ていくべきだろうか。

だが、扉の前はフィアンに塞がれている。


「そういえばそんな時期もあったな·····」


スカーレットの瞳が思い出すように伏せられる。
ノワは思わずウットリとしながら、そういうことなのでもう少しここにいてもいいだろうと自分を甘やかした。


「最近、放し飼いしてる子犬がいるんだが·····」


切り出された話は初耳だった。

彼の飼う犬なんだから、きっとかっこよくて、さぞかし利口だろう。


「本当はもっと遊んでやりたいが·····俺に構って貰えない間1人悶々としているのが、いじらしくて堪らないんだよな」


くつくつとこぼされた笑い声に、ノワはどきりとした。
どこか官能的な熱を帯びた朱赤の瞳は、ノワの知らないものだ。
先程、自分だけに向けられた微笑みを思い出した。


「へぇ」


相槌を打ったユージーンが「けれど」と言葉を続ける。


「それじゃ、放置されてる子犬が可哀想だ。遊び相手が必要じゃないか?」


「どうだろうな」


考える素振りをしながら、フィアンはすぐに首を振った。


「あいつはどんな時も俺が気になって仕方ないようだから、無駄じゃないか?」


「·····可愛いわんちゃんだね」


ユージーンに笑い返し、今度こそフィアンは部屋を出ていく。


「·····?」


一瞬、妙な雰囲気を感じた気がする。


首をかしげたノワも、そそくさと部屋を後にした。








                                                                         
                                                                          
                                                                       

                                                                          












パーティー当日の正午、ノワはキースと共に、街の或るブティック店へ向かった。


「お待ちしておりました」


深々礼をした女性は、マダム・ホーウェン。
予約が数年待ちのドレスデザイナーだ。


「お話は伺っております、どうぞこちらへ」


促されるまま、廊下の奥へと連れられる。

バーテンベルク家が経営する、帝都一の高級ブティック店だ。
豪奢なドレスが並べられた部屋をいくつも通り過ぎる。1番奥の一室へ通され、ノワは否応なしに服を脱がされた。

プロが全てやってくれるのだから、任せてしまおう。
ノワはされるがままにしておいた。


「·····変更だわ」


メイクを終えた頃、マダム・ホーウェンはぼそりと呟いた。


「え?」


鋭くなった彼女の目付きにギクリとする。

何か問題が発生したのだろうか。
次に目の前に出された純白のドレスに、ノワはわあと声を上げた。

女性らしさを強調させる緩やかなシルエット。
スカートにあしらわれた段のレースには金が縁取られ、所々にダイヤが散らばっている。

約1時間後、ノワの女装を完成させたマダムは、感無量に呟いた。


「素晴らしいですわ」


早くキース様に見せましょうとはしゃぐマダムの息が荒い。

ノワは不安げに彼女の後に続いた。

キースに釣り合う女性を演じなければいけない。
なかなかのプレッシャーだった。


「·····息を飲むほど美しいよ」


キースはドレス姿のノワを見るなりそう言った。

確かに、中性的な美少年が女装をしたら、それなの美少女にはなるだろう。
が、リアクションが良過ぎないだろうか。


「さて、お美しいレディー」


手のひらを差し出してきたキースを見事に無視して、大股で馬車に乗り込む。


「困るな、ノワくん」

「あーもう、パーティーではちゃんとやるって」

「そうではなくて、いまの君ではどんな粗相も様になってしまうから困るんだ」


キースはうっとりとした瞳でこちらを見つめている。
何人もの美女を泣かせてきた彼が女装をした男に熱視線を向けるなんて、変な話だ。
ノワは呆れ返って窓の向こうを眺めていた。


















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