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《12》おとぎ話の王子様

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こんなに冷たい笑顔を見たのは初めてだ。
心優しいとはなんだっけ。ノワは能内をフル起動した。



(あ!)



"学園内では爵位敬称を使ってはいけない"




ふと、学園の規則を思い出す。

学園内での上下関係は学年の違いのみ。
皇族や公爵位を持つ生徒には、例外的に"様"付けするのが暗黙の了解だ。


「ユージーン様·····」


相手の腕が無造作に伸びてくる。ノワは思わず身構えた。

頭の上に、軽い重みが加わった。


「いい子だね」


耳元に囁かれたのは色気のある低音。

ユージーンは媚薬のような微笑を残し、扉の向こうへ消えた。

ノワはしばらく耽美な毒に打ちひしがれていた。


(彼の美しい顔を、守らなければ)


天命にも近い何かが脳内に降り立つ。
およそ四ヶ月後、公爵邸で事件が起きる。ユージーンはその事件のせいで片目を失う事になるのだ。

自分なら、あの事件を防ぐことが出来る。


「·····はっ」


数秒間、意識が飛んでいた。

今は目先のことに集中しなければ。
ノワは慌てて生徒会室の扉を開いた。




「あれ·····?」


3人がけの客用ソファに、ロイドとユージーンが腰かけている。

そして生徒会室の中央。
机に肘を着いた男が、ノワを見すえた。

光を跳ね返すような金髪の下で、スカーレットの瞳が揺れる。
彼のいる風景は、まるで美しい絵画のようだった。


「1年が最後に入室するなんて、前代未聞だな·····」


ボソリ、と、抑揚のない声が呟く。
ゲーム中、何度もリピートしたボイスと同じものだ。
ノワは瞬きも忘れ、その人物を凝視していた。


「どういうつもりだ、パトリック」


ロイドが弁解を求める。


「え·····と·····」


言葉を発することさえままならなくなってしまう。

最推しフィアン様が、目の前に。
頭の中は爆発寸前だった。


「ふざけているのか?」


ロイドは苛立たしげに立ち上がった。その気迫は前世の鬼上司より万倍怖い。


「·····もう良い」


静かな声がロイドを止めた。
フィアンだ。余談だが椅子から立ち上がる姿まで後光がさすようだった。


「時間の無駄だ。本題に入ろう」


ノワはその場から動けなくなった。

失望されてしまった。
下唇を噛み、泣きたい気持ちを堪える。立ちすくんだままのノワを置いて会議が始まった。

内容は夏季休暇中に行われる社交パーティーについてだった。

生徒会役員は学園の代表として国同士の交流パーティーに参加する。
パーティーには毎年行われている恒例行事があった。
料理、品物、演奏、スピーチの四種目を、他校と競うイベントだ。


「スピーチは俺、演奏はラージェでいいか?」


フィアンが披露会で最も注目を浴びるスピーチ。演奏はヴァイオリン経験者のユージーンが抜擢された。


「残りのふたつだが───パトリック」


不意に名前を呼ばれる。

ノワは慌てて背筋を伸ばした。


「どちらか選ばせてやる」

「俺は余り物か」


ロイドがため息を着く。


「1年は初めての参加なんだから優先してやろう」


フィアンはノワに向き直った。


「お前、何が出来る?」



この場にいる全員が今この瞬間、ノワという人間を品定めしている。
しかし自分は、彼らの隣に立ち他国の代表生徒と張り合えるほどの武器などもちあわせていない。
ノワはたじろいだ。


「泣きそうじゃないか」


ユージーンが憐れむように言った。

身体は石のように固まって、口の中がカラカラに乾く。

彼らはゲームの中の恋人では無い。
使い物にならないと判断されれば切り捨てられるだけだ。


「り·····」

「·····?」

「料理なら、自信があります」


ノワは、フィアンの背に訴えた。


「誰も思いつかないような·····絶対に美味しい料理を、作ります!」


「ほう」


魅力的なスカーレットの瞳に吸い込まれそうになる。
ノワは導かれるように頷いた。

「この世界ならきっと、珍しいと思います」


「·····この世界なら?」


「あ、えと····」


そのくらい興味を引くものを、と、取り繕う。
そして、与えられたチャンスを逃すまいと、再び口を開いた。


「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」


こんなことは今日が最後だ。


「"ごめんなさい"だ」

「?」







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