須今 安見は常に眠たげ

風祭 風利

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夏休み最終日の夜

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今日の夜を過ごして、寝てしまえば明日からはまた学校が始まる。


 今年の夏休みは様々な事をした。 花火大会にプール、お墓参りと高校生になってから、とても充実している。 中学までの僕だったら友人とどこかに出掛けるなんて想像がついていなかったかもしれない。


「明日から学校が再開するな。」

「うん。 もうやり残すことはないよ。 また新学期に向けて学業を頑張るだけだよ。」

「真面目ね。 せっかくお友達からチョーカーなんてもの貰ったんだから、少しはハジケてみたら?」

「ハジケるってなにさ。 僕は僕のままだよ。 なにも変わらないさ。」


 それに急に変わったらクラスのみんながびっくりしちゃうよ。 それはよくないと思うし。


 そんなこんなあって、僕は寝るために今は自分のベッドに横たわっている。 このまま寝てしまえば、朝になっていることだろう。 だが本当にそれていいのかと迷っている部分も少なからずある。


 そんな思いが交差する中、僕は未だに携帯を握りしめていた。 自分がなにをしようとしているのか、目の前の画面に映し出されている画像が物語っている。


「安見さん」と書かれており、その下には通話ボタンがある。 このボタンを押せば安見さんの携帯に電話が鳴る。 だがそれは向こうにとって迷惑ではないだろうか? だからこそ押せない。 いやでも・・・うぅん。 しかし・・・


「ティレレン ティレレン」


 悩んでいたら携帯が鳴り始める。 急なことで手を離しそうになったが、なんとか掴んで、画面を覗き込むと、「安見さん」と書かれており、通話か拒否かの選択が出てきている。 そんな状況に悩む事なく、通話ボタンを押す。


「も、もしもし?」

『こんばんは館君。 もう寝るところでしたか?』

「いや、まだ大丈夫。 ・・・ふぅ。」


 なんとか言葉を紡ぐのに必死で、ため息が出てしまった。


『どうかしましたか?』

「ん? あぁごめん。 僕もさっきから安見さんに電話しようかなって悩んでたんだけど。 安見さんの方から掛けられちゃったなって思ってさ。」

『やっぱり同じことを考えていたのですね。』

「気持ち悪いかな?」

『そんなことはないですよ。 私の事を考えてくれているのなら、それでいいのです。』


 そこまで考えてくれている事を気味悪事なく話してくれるのはやっぱり心が落ち着く。 とはいえ話題もなく電話を続けるわけにはいかない。 なにか話題になるようなものはないか・・・


「今日で夏休みも終わっちゃうね。」

『そうですね。 意外とあっという間だったかも知れないですね。』

「・・・その、あれから大丈夫だった? いや、思い出したくないならいいんだけど・・・」

『心配しなくても大丈夫です。 そんな過去なんて無かったのですし、今は今が楽しいので。』

「そっか、良かった。」


 その言葉を聞いて、安見さんが気にしていないようでホッとする。 


『館君の方はどうでしたか? なにか思い出に残ることはありましたか?』


 そう質問されて思い返してみる。 この1ヶ月間、僕は思いの外外に出ることが多かったように感じる。 もちろん個人的な理由も含んでいるが、やっぱりみんなと一緒にいたときが一番楽しかったな。


「色々とありすぎて、古いのから無くなりそうで怖いよ。」

『大丈夫ですよ。 良き思い出は意外と鮮明に残っているものです。』

「そういうものかな?」

『そういうものです。』


 納得をしていると、電話の向こうが少し騒がしくなった。 あ、これってもしかして・・・


『こんばんは館君。 明日から学校で鬱になってない?』

「そんなことになってませんよ音理亜さん。 というか携帯奪っちゃったんですか?」

『安見には申し訳ないとは思ってるんだけどね。 私も君と話がしたいのよ。』


 それを理由に取り上げられた安見さんはさぞ迷惑だろう。 というか後ろからなにも聞こえてこないけど、抵抗してない・・・? いや、多分味柑ちゃんに動きを封じ込められているのだろう。


「ちなみに今安見さんはどういった状態で?」

『安見? あー、今味柑に組み伏せられてるわね。 完全に固められて身動きすら取れてないわ。』

「・・・つかぬことをお聞きしますが、味柑ちゃんは柔道の心得がおありで?」

『違うけど護身術の本を読んで私たちに試していたら本当に出来るようになっていただけよ。』


 それはそれでスゴいんだけどなぁ。 そういうと声が遠のいた気がしたと思ったら


『ヤッホー、お兄さん。 味柑だよ。』

 絶賛安見さんに組技をしているはずの味柑ちゃんの声がした。

「味柑ちゃん、今どういう状態で電話してるの? 安見さん離して無いんじゃないの?」

『うん。 姉さんが私の耳元に当ててる感じだよ。』


 器用なことをしているなぁ。 そんなことを感心しつつも近くに安見さんがいるのならそれはそれで好都合だったりする。


「ねぇ味柑ちゃん。 そろそろ安見さんを解放してあげてもらえないかな? 一応僕は安見さんと会話がしたいんだけど。」

『えー、いいじゃないですかぁ。 私達と会話しても。 あ、今お姉はパジャマ姿なんですよ。 何回か一緒にお泊まりした事ありますけど、それとはまた別の雰囲気を醸し出してるんですよ。 見せられないのが残念です。』

「・・・そう。」


 味柑ちゃんの言葉に素っ気なく返したが、変に意識すると暴走しかねないので、そうしたまでだった。


『むぅ、ちょっと反応が鈍いなぁ。 あ、そうだ。』

『・・・! むぐっ! むぐぐっ!』

「味柑ちゃん?」


 一瞬安見さんの声がしたが、口をなにかに塞がれているのか、聞き取れなかった。 というかなにをしているんだろう?


『ふむふむなるほど。 お兄さん、今のお姉のパンツは白に細かい水色の星柄のデザインだよ。』


「ぶっ!」


 そんな報告をしてくる味柑ちゃんに思わず噴いてしまった。 な、なんてことを言ってくるんだあの娘は!


『お! いい反応が聞こえてきた。 えへへ、それが聞きたかった。 どうせなら上の確認も・・・』

『ぶはっ! 味柑!』

『あ! やっば! 拘束が緩んで・・・』

『み~か~ん~!!』


 安見さんの、多分怒っているであろう声色が携帯の奥で聞こえてくる。 恐らく味柑ちゃんに反撃をしているのだろう。


『ごめんね館君。 余計な気遣いだったかしら?』

「いえ、大丈夫です。 安見さんに言っておいて下さい。 怒るのも程々にと。」

『ええ、伝えておくわ。 それじゃあおやすみなさい館君。』

「はい。 おやすみです。」


 そういって電話が切れる。 須今家は今頃大騒ぎになっているだろう。 明日ちゃんと登校出来ればいいんだけど。


 そう思いながら、忘れた方がいいであろう情報を頭から取り除きながら、僕は眠りにつくことにした。 明日からまた頑張るために。

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