須今 安見は常に眠たげ

風祭 風利

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梅雨明けは蒸し暑い

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「・・・しんどい・・・」


 そう愚痴ってしまうほどに暑かった。 雨も完全に降らなくなった7月の半ば、グラウンドの砂はカラッカラで、なんだったら目に入ったら一気に水分を持ってかれそうな乾燥状態で、僕らのクラスは週末恒例の体育に取り組んでいた。


「こんな時期にフルマラソンさせるなよな・・・炎天下だぞ・・・」

「だけど規定回数周回すれば、今日はそのまま帰るなり部活をするなりしてもいいと言っていた。 とはいえ普通の時間で考えれば5分後の休憩を含めても、時間目一杯使ってやっとだろう。 女子も回数こそ少ないが、同じ条件下でやっている。 文句は言えないさ。」


 隣で一緒に走っている小舞君と坂内君の話を聞きながら、とにかくグラウンドを走り続けた。 しかし真っ昼間のこの状況下、ペースは上がらない。 最初から一定のペースは保っていたが、それもそろそろ限界が近づいてくる。


「よし、今走っている周回を最後にして、休憩に入るんだ。」


 先生の鶴の一声にみんなのやる気が少し戻る。 ゴールする前の全力疾走を繰り広げているが、僕らにはそんな気力は一切残っていないため、変わらないペースでゴールに向かっていった。



「はぁ・・・ 走りたくねぇ・・・」


 木陰で休んでいる僕達。 小舞君が心身ともにだらけながらそうポツリと呟いた。


「そういうことは言わないでよ。 僕だって走りたくないんだから。 でも授業なんだし、そこはもう割り切ろうよ。」

「違うぜ館。 ネガティブな事を先に言っておくことで、走ってる最中はそれを持ってこさせないっていう高等テクじゃないか。」

「それで? 実際のところは効果はありそうかい?」

「・・・よくて2割。」


 それあんまり意味ないって事だよね? 僕と坂内君が呆れていると、ふとどこからか声が聞こえてきた。


「ねぇ、なにか聞こえない?」

「よくこんな状態で耳なんか澄ませられるな。 どれどれ?」


 どこからだろうと小舞君が耳を澄ませて、声のする方へと向かっていく。 それの後に僕と坂内君も着いていくと、建物の影から見えたのは、15メートル程先に、3人ほどの女子がたむろして休んでいる光景だった。 向こうはこちらに気が付いていない様子だ。


「あっちー。 マジダルすぎ。 やってらんないわ。」

「もういっそこのままバックレる?」

「見つかったときの方がヤバイからそれは無しっしょ。 とりあえず適当に走っときゃ周回なんて気にならないって。」


 格好が今の僕らと同じ体操服なので、僕らのクラスの人には違いない。


「うちのクラスのギャルグループのひとつだな。 別にギャルは嫌いじゃないけど、なんかこう、イメージ以上に頭が悪いっていうかよぉ。」

「さすがにそこまでは言い過ぎだろう。 馬鹿な女子=ギャルというのは偏見極まりない。」

「でもあそこの女子はいかにもって感じはするね。」


 いくらなんでも胡座をかいて座るのは女子としてはどうかと思ったりもした。 蒸し暑さで頭が沸騰してしまったと言えば片付く問題でもなさそうだ。


 そんなことを思っているとその女子の1人がおもむろに体操服の裾に手をかけ、そして一気に脱いだ。 褐色肌のお腹とそれを強調するかのようなヒョウ柄のブラが露になる。


「あっつ! それと気持ち悪い!」

「あはは! 大胆にいったねぇ!」

「誰も見てないしいいっしょ。 ほら! あっしだけじゃあれだから2人も脱ぐ脱ぐ!」


 そういってギャル達は戯れ始めたが、僕らはその辺りで退散した。 見つかったら面倒だとかそう意味じゃなくて、純粋に見るに耐えなくなったからだ。


「ここで普通の男子高校生なら生唾ものだったのだろうか?」

「なんだろう・・・ここで退散したことで、僕らはなにを手にしてなにを失ったんだろう・・・」

「俺ら、男として終わってるんじゃないか・・・? ギャルとはいえ女子の生肌を見たんだぞ・・・? なにも感じないってなんだ・・・?」


 この暑さと自分を疑うような光景を見たことによる虚無感が襲ってきて、僕らのテンションはがくりと落ち込んでいた。


「いかん・・・さっきよりも暑く感じてきた・・・」

「小舞君、水分補給をしてきた方がいいぞ。 脱水症状だけは避けなければならない。」

「水は大事だよね水は・・・ でも、なんか動けないや。」

「館君、大丈夫ですか?」


 ボヤける頭で聞こえてきたのは安見さんの声だった。


「うーん。 ごめん。 あんまりいい調子とは言えないや。」

「もしよろしければどうぞ。 今先生がスポーツ飲料水を用意してくれたんです。」

「スゴいな。 クラス分の飲料水を用意するなんて。」

「こうなるって半ば知ってたな? 飴と鞭が凄まじいぜ。」

「安見! もう貰った?」

「すみません、今館君に渡してしまったので、もう一本持ってきてくれませんか? あと坂内さんと小舞さんの分もお願いできますか?」

「分かりました。 ちょっと待っててください。」


 遠くでクーラーボックスの中を漁っている濱井さん達の姿が見えた。


「ごめんね。 みんなの分、持ってこさせちゃって。」

「みなさんが見当たらなかったので探していたのです。 理由と言える理由は無いですが。」

「別に恥じることはないさ。 私たちを探してくれるだけでもありがたい事だ。」

「しかし、もうそんな時間か? まだもう少しあると思ったんだがな。」


 小舞君が言うように時計を見ると、まだ休める時間ではあった。 木陰で休んでいるから分からなかったが、時間はしっかり進んでいるようだ。


「ところで、どうして皆さんぐったりしていたのですか? 夏バテですか?」

「んー。 そういう訳じゃないんだけど・・・」


 とても下らない理由でやる気が削がれたなんて絶対に言えない。 どうやって話を濁そうかと考えていると、


「お待たせ。 ほい、これ小舞の分。」

「どうぞ、坂内さん。 お疲れでしょう?」


 2人もペットボトルを受け取ると、僕らは一斉に喉に飲み物を流し込んだ。


「ぷはぁー! 生き返る!」

「あぁ。 これでこの後もしっかり走れそうだ。」

「それは良かったです。」

「じゃあわたし、そろそろ準備してくるから。」


 そう言って颯爽と走っていく濱井さん。


「それでは失礼しますね。」


 優しい笑顔を見せてから、こちらも指定の位置に歩いていく江ノ島さん。 今は髪が邪魔にならないように、後ろで結んである。


 僕もそろそろ行こうかなと立ち上がった時に、目の前の光景に固まってしまった。 いや、動くことが出来なかった、ともとれるだろう。 何故ならそのまま立ってしまえば、僕の頭は安見さんの豊満な胸へと当たりかねなかったからだ。 意外と近くにいたことに驚きながら後ろを振り向くと、2人とも顎に手をやり、なにか考えているかのように、グラウンドを見ていた。


「やはり清楚なのが一番かな。 ロングヘアーの女子が少し髪型を変えるだけで印象がまるっきり変わるからな。」

「活発は活発でも、ばか騒ぎじゃない活発化は、好感が持てる。 汗でスポーツブラがチラリズムしていたのもまた良し。」


 どうやら先程の一件から元気を取り戻せたらしい。 良かったね。 2人とも。


「あの2人はなにを仰っているのでしょうか? 小舞さんならともかく坂内さんまで。」


 安見さんからの何気ない疑問に、僕が代わりに答えることにする。


「男としての甲斐性が戻ってきたんだよ。 きっと。」


 そう言っても安見さんは首を傾げるだけだった。

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