須今 安見は常に眠たげ

風祭 風利

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林間学校 体験学習

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「安見さん。」


 あれから少し歩いていると、安見さんを見つけたので、そのまま声をかける。 江ノ島さんも一緒にいる。


「どうも館君。 小舞さん。 それと佐渡さん。」

「お? 須今は佐渡のことを知ってるのか?」

「同じ調理部なので、知り合う機会があったのですよ。」

「ほー、調理部とは意外かもな。 運動部行くのかと思ってたぜ。」

「僕は運動の方が苦手なんだよ。 料理だってまだまだ人に出せるようなものでもないし。」


 そんな会話を見ていて、佐渡君はすぐに打ち解けたようだ。 もしかしたら女子に対するトラウマがあるのかもしれないと思ったのだが、どうやら自分一人の時に、支えてくれる人がいないから、逃げ道が失くなっているだけだったのかなっておもった。


「館君、どうかしましたか?」


 そんな様子を不思議に思ったのか、安見さんが僕に声をかけてくる。 そんなに不思議だったかな?


「いや、別に。 そう言えば濱井さんや円藤さんは?」

「どちらも別の人達と一緒に行きましたよ? 坂内君も同じ部活の人と、一緒に行動していましたよ。」


 みんなそれぞれに行ったようだ。 必ず僕らと一緒にいるわけではないと言うことは不思議なことではないと思った。


「じゃあ、僕らもいこうか。 どこに行こうとしてたの?」

「実はここにいこうと思っていたのですよ。」


 そう言って持っていた地図のある施設を指差した場所は・・・



「おー。 安見さん、この挽き立てのきな粉、凄いいい香りがするよ。」

「さずは挽き立てですね。 少しの砂糖も入れずにここまでの甘さを引き出せるものなのですね。」

「にがりには塩化マグネシウムが入っている。 だから液体は固まり始めるし、型にはめて水分を完全に出してしまえば豆腐の完成する。 というわけですね。」

「手の込み具合はやはり工場ならではと言ったところですね。 にごりを入れるだけの簡単な行程ではないのですね。」


 僕らが来たのは豆腐工房である。 しかし小さな工房では決してなく、この辺り一帯の人には欠かせない、工房の1つらしい。


 というのも、この林間学校の近辺一帯は実は大豆の産地で、大豆の発酵品を売りにしているのだ。


 ちなみに僕と安見さんは食事的主観から、佐渡君の江ノ島さんは科学的主観から豆腐の製造行程を見ている。


「ああしてしっかりと行程を見てくれていると、我々も頑張って続けられるのさ。」

「跡継ぎとしてもしっかり学んでいけるよ。 本当にここの学校の生徒達は良く学んでくれるよ。」


 後ろからそんな声が聞こえてくる。 ここの大将と跡継ぎさんの会話だ。 これは予測なのだが、林間学校の参加生徒の条件を中間テストの成績上位者にした理由はおそらくここにあるのだろう。 全員連れてくることになれば、誰かしらは真面目に学ぼうとしない。 それどころかせっかく提供をしている人達に不快な想いをさせるかもしれない。


「おっちゃん。 あそこにある袋はなんや?」

「あれは濾し器だよ。 あの中に入っているのはなにか分かるかな?」

「ここは豆腐屋、そしてあれが濾し器だと分かったら答えは大豆から水分を完全に搾ったもの。 ずはり「おから」だな!?」

「素晴らしいよ。 正解だ。」

「あのおからも大事な商品なんですよね。」


 後ろで小舞君が話をしていたのを見て、僕も合流をする。 ここで使われている大豆は余すことなく使われるのだから、食用として流通させると考えるのは容易だった。


「そうだよ。 この後君達は林間学校の方に戻るんだよね。 お昼はこちらで用意すると学校の方から言われているから、我々の作った豆腐料理を堪能していってくれるかい?」

「よろしいのですか!?」

「あぁ。 せっかくだから食べていってくれるかい?」


 これはなんともありがたい話だ。 確かにここまでの行程を見て、食べられないのは目に毒も良いところだ。 ここは向こうのご好意に甘えるのも、林間学校の嗜みだろう。


 料亭のような場所に案内されて、座って待機する。


「なにが一体来るかな?」

「なにが出てきても美味しく頂けると思いますよ。 豆腐そのものにも味があると思いますので、やはり普段食べている豆腐とは一味もふた味も違うものだと思いますよ。」

「安見さん。 さすがに再現するのは料理の方にしてね?」


 この人のことだから可能そうで怖かったので敢えて釘をさしておいた。


「お待たせいたしました。 豆腐ステーキ定食になります。」


 目の前に置かれた料理、豆腐ステーキは鉄板の上でジュウジュウと音を立てていた。 焼かれている醤油の匂いと同じ様に焼かれている野菜の匂いが食欲をくすぐる。


 一緒に運ばれてきたご飯も炊きたてだし、お吸い物のなかに入っているのは湯葉と三つ葉とシンプルなもので構成されていた。


 しかしそれを差し引いても存在感を放っている豆腐ステーキ。 焦げ目までしっかりと付いている。


「美味しそう! こちらで作られた豆腐を使っているのですよね?」

「そうだよ。 今回は木綿豆腐で作ったけれど、絹ごし豆腐も美味しいからね。 機会があればそっちも食べてみてね。」


 持ってきたのはおそらく大将の奥さんだろう。 これも豆腐屋ならではと言ったところだろう。


「では頂きましょうか。」

「そうだな。 もうお腹空きっぱなしでさぁ。」


 そう言ってみんな目の前の大きな豆腐ステーキを一口頂く。 その味はしっかりとしているのにとてもさっぱりとしていて、噛む度に味が溢れ出てくるように食感がありながらも、口の中で柔らかく崩れていく。 そして喉元に通る、なんとも言えない喉ごしが、普通の豆腐では絶対に出せないと頭の中で訴えかけているようで。


「あぁ、美味しい・・・」


 どんな言葉よりも、その言葉が最初に現れた。 それはみんなも同じ様で、驚いたり惚けたり、それぞれで豆腐ステーキを堪能していた。


「こ、これが豆腐の味か!? 本物の肉みたいだぜ!」

「なるほど、純粋に味わうのなら、冷奴でも十分だが、火を通すだけでここまで変わるものなのか。」

「自然を感じるとは正にこのことですね。」

「ええ、堪能させてもらいます。 最後まで。」

「気に入ってくれたかい?」

「「「「「はい!!」」」」」


 その声は工場全体に広がったという。

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